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1999年01月の近況
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1998/13/03日Sun記入 正月
 正月が好きだ。次に生まれてくるときには正月仮面になりたいくらい好きだ。だけれど、正月がない。

 世の中には様々な商売があり、そのそれぞれによって忙しい時期は違う。正月忙しい商売と言うとあんまり思い付かないが、少なくともモノ書きにとって正月はかきいれ時だ。
 年末年始は書店、搬送、印刷屋全部止まってしまう。したがって年内に本や雑誌を作るためには、止まる前に色々な作業を終えなければならない。あるいは新年早々に出す出版物の準備もしなければならない。名高い年末進行である。年末進行が終わったからといって、それで締切が終わるかというと全然そうではない。新年開けて、ちょっと立った頃に出す出版物の作業がある。
 年末年始はついでに出版社も止まってしまう。編集さんもサラリーマンである。正月まで働きたくないだろうし、仮にそんなモーレツ社員型の人がいたとしても、取引先は軒並み止まっている。動いているのはモノ書きだけ。
 かくして編集さんは「正月明けに原稿下さいね」の一言残して休みに入り、後には締切を抱えたモノ書きが残るのである。

 というわけで、年末年始、それなりの作業はあった物のなかなかちゃんと仕事してました。
 三十日は何やっていたかなぁ? 仕事していたのは間違いない。
 大晦日は十時過ぎまで仕事場にいて、帰って鱠をおろしてから年越し。
 元旦は実家に帰って実家から仕事場に出勤。
 二日は嫁さんの実家に顔を出し、行き帰りの電車の中でノートパソコンを打っていた。ついでに言うと、出先で11ヶ月の娘が熱を出し、慌てて帰ったものの、結局日赤の救急外来にかけこんだ。熱は、というと今朝には薬も飲まずに下がってしまった。
 で、三日。今日である。

 こないだまで「年内に*枚!」と叫んでいたけれど、事実上、正月明け渡しである。
 そして、出版社が動き出すと「もう、とっくに締めきり過ぎているんですよ」状態になる。
 うわぁぁぁ、どうしようぉぉぉ。

 アップデートが遅れていたが、梅原さんからの手紙が来ている。

 梅原さんからの手紙十二月九日
 以下が返信。
 梅原氏への返信12月23日
1998/13/10日Sun記入 締切り寸前
 バトル・オブ・ジャパン8 脱稿寸前。
 この一週間は嫁さんが風邪を引いてほぼ一週間、寝こんでいた。こちらも原稿で必死なのだが、なかなか上手く回ってくれない。
 やれやれ。
 と言うわけで、今日のアップデートは細かいところをなおしたり、そんなのばかりです。
 明日か、明後日原稿を渡して、落ち着ければもうちょっと動けるでしょう。

1999/1/12日Tue記入 あけましておめでとうございます
 長かった1998年が終わりいよいよ世紀末も最高潮を迎える1999年。ノストラダムスの予言で地球は滅び、ムーンベースαが宇宙の果てに旅立つ年。
 ----ってもなあ、もう正月気分はどこにもないしなあ。でもまあ、いいんです。明日は個人的にお雑煮を作ってかまぼこでも食います。
 というわけで、この正月は本当に大変だった。年末にまずぼくが寝こみ、一月二日に娘が熱を出して日赤の救急外来に駆けこんだ、まではすでに書きましたが、休み明けのその日。会社にでているはずの嫁さんから電話が入って「調子悪いから早退する」。その後嫁さんは次の週まで寝ていた。
 嫁さんが復帰した、と思ったら今度は親父が倒れた。親父が倒れると子守がいない。よってわたしゃ赤ん坊せおって出勤、おんぶしたままコンピュータに向かってます。
 あーあ、やることたまっているなあ。
 掲示板も作りたいし、ページの数も増やさないとなんないし、温泉にも遊びに行きたいし、バイクで走りたいし、かといっていると日干しになるし……あ、その前に大掃除しないと。

1999/1/17日Mon記入 ちょっと落ち着いた
原稿を渡しても、ゲラの受け渡しや、見本の受領のスケジュールがあってなかなかのんびりした気分になれない。懸案のKK用の新作のプロット(アイデアはだいたい決まった)とか、アスキーの新作(これも大枠だけ)、昔からやりたかった別の作品(航空管制官)にかかりたいのだけれど、どうもうまくいかない。
 ホームページの更新や、細かい作業もやりたいのだけれど、どうもできない。
 そうそう、ためている推理作家協会の会費も払っていないし(郵便局に払いに行く余裕が作れない)、掃除だけはやりました。

1999/1/26日Tue記入 また、だまされた気がする
 先週なかば、KKの編集さんとバトル・オブ・ジャパン完結の打ち上げ兼これからの打ち合わせをする。こっちも年末年始は死に掛けたけれど、編集さんも大変だったらしい。勤め人も楽じゃない。
 で、八巻のゲラを受け取る。発売日を確認する。
「これ、二月五日ですよね?」
「いいえ、三月五日です」
 がーん。
 なぜか、こちらは二月だと思いこんでいた。それで脳味噌が煮立つほどやったのに……。
 まあ、いい。
 編集さんにはだまされても構わないと思っている。編集さんは早く原稿を取ろうとする。なぜなら、モノ書きが自分の作品を磨くために時間を必要とする様に、編集さんも編集作業に時間を必要とする。結果として早く作品が仕上がれば、モノ書きの側も助かる。
 締切を延ばすことは、編集さんに負担を強いることになる。締切が迫ってからの一日延ばしは編集さんも死ぬような思いをする。時には徹夜もするだろう。向こうが必死にやるのだったら、こちらも必死にやる。
 もっとも、てめーがノンビリしたいがためにモノ書きを急っつくような編集者もいますが、そういう人にあたってしまった時はこちらもそれなりの対応を取りますです。
 でも、本当はそれは不幸であり、いい加減な編集さんとは仕事しない、というのがあるべき姿だと思っていますが。
 ちなみに、かような方針でやった結果か、青山は編集さんには恵まれていると思っています。はい。

「下手に掲示板作ったりすると、凄いことになりますよ」と鈴木輝一郎さんに教えてもらったり、「そんなにアブナイ事、するんですか?」と岡本賢一君にオドかされたりしながら便所の落書きを開いた割にはそこそこおとなしいので安心しています。

 というわけで、岡本さんが変って答えてくださっていますが、梅原さんからの手紙はフロッピーで貰っています。また、送られてくるファイルの拡張子から使用ワープロソフトはウィンドウズ版の一太郎。
 向こうでは、ほぼ、インターネット環境が整っているわけです。
 また、この後に公開した手紙で言っていますように、梅原さんもインターネット始めると言っていますから、きっと来るでしょう。ぼくもそそのかしているし。
 AOLかなんかのスターターキット送ってやろう。

 というわけで、梅原さんからの手紙。二つ、続けて来たので二つ、公開します。
 一つめは、ぼくはちょっと違うのではないかと思う部分があったので、公開をためらってました。
 梅原氏の「オタク排撃論」です。青山はオタク、マニア、などはそれほどの力を持っていない、と認識しているので梅原氏の結論や態度には反対はしないのだけれど、論法として、ちょっと弱い気がする。
 自分のページに公開すると青山の意見であると取られる恐れがあります。梅原氏の見解について、最低限ぼくが擁護できるような意見の違いにとどめたかったのだけれど、これはちょっと離れすぎている。というわけで、ご覧のように注の形にしました。

 二つ目の手紙にもさすがに同意できない部分があったので、この部分は伏せさせていただきました。近い内に梅原氏自身の手でどこかに公開されるでしょう。

 梅原さんからの手紙1998年12月18日
 以下に続いて受け取った手紙を公開する。
 青山はこれらについて、返信を書いているところである。

 梅原さんからの手紙1998年12月27日

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