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1998年12月の近況
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1998/12/04日Fri記入 尻に火がついた週
 高千穂さんからみたび教育的指導メール。該当はここ。

 メールID公開したのに一つも入ってなかったのでちょっと安心。

 などと本当は遊んでいる暇もない。長編の締切りが立てこんでいてそれどころではない。物書き稼業始めて以来の最大の危機である。(そろそろ日本語も怪しくなっている)。で、とりあえず続きを公開。もっとも、これもそろそろ終わりです。総括をしたいのだけれど、ちょっとその余裕もない。
 前記の梅原氏の手紙を貰ってから返事をしたためる前にもう一通が届いた。最初にこれを公開し、続いて二通の手紙に対してまとめて書いたぼくの手紙を公開する。
 ついでに言うと、この往復のあと、もう一通梅原さんから手紙が届いている。これに対して総括の意味で返信をしたためようと思っているが、まだ出来ていない。

 その前にお仕事の進捗状況。
 バトル・オブ・ジャパン8 二五枚
 怒るUFO誘拐事件 一二一枚
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚

 というわけで、■梅原さんからの手紙11/12日付■(クリックすると飛べます)
 次がぼくの返信。■11/16日付けここもクリックすると飛べます■

1998/12/12日Sat記入 死にかけた週

 先週、一週間、都内某所にて缶詰。
 月曜の夕方にホテル(篠田さんが使っている籠り用のビジネスホテル)に入り、原稿を書き、夜中にカップヌードルを食い、朝にカップヌードルを食い、火曜に編集さんが来て、できあがった部分のフッロピーを渡し、カップヌードルを食い、原稿を書き、朝になったので起きて原稿を書き、夜になったのでカップヌードルを食って原稿を書き、気が付くと明るくなっていたので外に飯を食いに行き帰って原稿を書き、夜中になっていたので原稿を書き、昼にできあがった部分のフロッピーを編集さんに渡し、帰って原稿を書き、というきわめて理想的な執筆生活を続けた所、進行状況は、

 バトル・オブ・ジャパン8 二五枚
 怒るUFO誘拐事件 二六〇枚!
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚

 うー、脳味噌が溶けて鼻をかむと鼻に混じって出てしまう。そろそろ、登場人物の声が聞こえてきそうな気配はあるのだけれど、でも、まだ、家は回らないし、血ゲロも吐いていない。
 というわけで、すっ飛ばしたシーンとか、キャラクターの書き込みは足りないのですが、とりあえずラストシーンまでは上がっています。うわあああ。仕上げが。
 メールID公開した所数通。往復書簡に関する物だったり、最近、連絡の途絶えている友達からのメールだったり、うー、これもやりたいのだけれど、時間が!

1998/12/17日Thu記入 ちょっいとほっとした
 バトル・オブ・ジャパン8 二五枚
 怒るUFO誘拐事件 脱稿!→まず、間違いなくタイトル変わります:1/20発売予定
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚

 昨日、編集さんにフロッピーを渡した。
 編集さんとしてはこのあと、画面を見ながら行取りとか、ルビとかの処置があるため、月曜中に印刷所に放り込むためには午前中出来るだけ早い時間に渡さなければならない(ああ、文章へん)。んで、新宿にこちらが出向くつもりだったのだが、子守が見つからない。この上は子連れで新宿へ出向くか、来て貰うかだったのだが、結局も吉祥寺までご足労していただいた。
 ほっとした。
 これでソノラマの方は無事、一月に出るでしょう。まあ、SF界一オッカナイとされるI編集長のOKが出ればですが、かといってこれで正月が越せるかというと、実は「今月中にバトル・オブ・ジャパンを……」という注文もあり、まだ正月が越せそうもありません。
 でもまあ、来てる手紙に返事も書かなければならないし、今日ぐらいのんびりしよう。

 ちなみに今日の晩御飯はボルシチ。夕べのうちから肉を炒めてぐぁぁと煮て、冷蔵庫に残っていた野菜、ブロッコリーの茎、キャベツの芯、タマネギ、ジャガイモ、缶詰のビーツ(赤かぶ、汁は別に取っておく)を加えてぐつぐつと煮こんであります。これで食べる前にビーツの汁を加えて真っ赤にして食べるのさ。

 というわけで、届いたお手紙と、お返事。こちらが締めきりでひいひい言ってる間に来たもので、ちょっとばかしうっちゃって置かざるを得なかったのが、梅原さんに申し訳ないのだけれど。

 もうすでに議論が煮詰まっているというか、言うべき事を言ったというのか、この手紙では梅原氏の論旨が散漫になりつつあるように思える。人のことばかり言っちゃいられない。ぼくの返信も相当酷いが。

 いまのところぼくは梅原さんの主張を次のように受け取っている。
 「一つにはSFというレッテルが貼られると売れ行きが悪くなる事実がある。これを解決するにはどうすればいいか。別のブランド名をつければいいのである」
 単純である。
 超メタ言語的な小説批判であるとか、SF作家クラブ批判などこの過程で副次的に出てきている現象に過ぎず、本来的には本質から外れている。攻撃的になる、というのも、まあ、やり過ぎじゃないかと思うときもあるけれど、気持ちは分かる。
 ぼく自身もSF界批判のごとき物を展開してきたが、実はこれはまたちょっと別の青山独自の問題があるからです。それはまた、そのうち。


 ■梅原さんからの手紙11月25日付■
 以下が返信。これもとっちらかっている。

 ■梅原氏への返信12月15日付け■

1998/12/23日Wed記入 全病人の今日この頃
 原稿アップして、編集さんに渡し、バトル・オブ・ジャパンにかかりきりになっていた。
 だが、どうも熱っぽい。寒くなって来ると体調が崩れるのはいつもの事なのでだましだましやっていると、どうもおかしい。
 体温を測ってみると三八度五分。
 平熱が低く三六度切る程度なので、七度も出るともはや瀕死の重態、「う〜ん、う〜ん、苦しいよぉ」と唸りながらのたうちまわるのが常。ちなみに三九度越えると幻覚幻聴が現われます。マジで。
 しかし、今年ばかりは死んでいられない。
 布団の中にノートパソコンを持込み原稿を進め、そうこうする内に「怒る大誘拐」(こんなタイトルになりました)のゲラが上がって来る。こいつを徹底して赤を入れてなおす。
 22日に編集さんに近くまで来てもらって、ゲラを返したのだけれど、さすがに熱があるとボケだらけで、付け加える文章があってもどこに入れるのか指定がなかったり、もう目茶苦茶。再校でもう一度、沢山直しが来そうだなあ。

 寝ている間にアスキーさんから電話。鬼が笑う来年の話。

 あーあ、面白みのない文章。


 書簡について都内在住の山中さんという方からメールをいただいた。
 引用します。
 またこのメールは梅原さんのところにも行っています。

はじめまして。往復書簡、興味深く拝読いたしました。私の読書人生(大袈裟ですね)のなかでも、もっとも大きなヒッカカリ事項だものですから、興奮のあまりキーに飛びつきました。単刀直入に書かせていただきます。

私は43歳の男です。中学生の1970年からSFマガジンを定期購読しましたが、80年代に挫折した経験があります。
懐かしさから近年再購読を試みましたが、再び挫折しかかっておりまして、近頃はHSFSの古本収集に熱中、ここ数ヶ月は小松左京氏に傾倒しております。

いわゆるSF的雰囲気をもった映像作品は大衆に広く受け入れられているのに、活字メディアのこの体たらくは、ひとえに活字メディアのプロデューサー不足ゆえではないでしょうか。
SFマガジン創刊時、福島正実氏がみずからの雑誌に課した作品選択の基準は、いまもって正しかったと思うのです。
そうした初期の努力の甲斐もあってか、SFは日本社会に受け入れられました。但し「活字の世界以外では」。
梅原先生のおっしゃる「ホラーのなかに身を隠す(?)」、私も常々これだとおもっておりましたよ。(私は一時ファンタジーという言葉がこれに最適ではないかと思っていましたが、現在のファンタジーは、私がイメージしていたトワイライトゾーン的なもの、たとえばジャック・フィニイやブラッドベリや、シマックの短編、ディックの初期の短編などの雰囲気をも包摂できるジャンルではなく、独特なジャンルとして認知されていますから、だめですね)全く子供の頃からSF的なものにあこがれつづけてきた者として情けない、寂しい話です。
今の人にも(年寄りみたいですね)「X−ファイル」などがあれだけ受けるのですから、そんな雰囲気の作品を載せる大衆小説誌が一誌あれば、と思うのですが。中間小説誌の別冊でもいいから欲しいものです。
こう考えると、梅原先生も青山先生もおっしゃいませんが(?)、ハタから見ていると「SFマガジン」および早川書房の責任がもっとも重大なのだろうと、読者としては悔しく思うのです。(SF作家クラブのことはわかりませんので)
創元の戸川安宣氏のような名伯楽の不在、これが大きいように思うのですが、いかがでしょうか。
***市・山中一弘

乱文失礼いたしました。



 往復書簡を公開するに当たってぼくは相当な批難の意見が来るだろうなぁ、という危惧を抱いていた。ところが蓋を開けて見ると(ページのアクセス数は上がったものの)、それらしい反応はわずかであった。
 それどころか、山中さんのように直截的な同意のメールまで来て、これには驚かされた(おたよりありがとう、山中さん)。
 人間が千人いれば、千の意見がある。
 ここに展開して来たような見解が全面的に世の中に受け入れられたと考えるほど、ぼくは間抜けではないつもりだが、投げかけられた疑問や意見に対するぼくなりの見解を示しておこうと思う。

 まずは、山中さんではないが同様の賛同の意見もあった。とだけ言っておこう。
 メールではないがあるSF関係の人間(複数)のセリフである。
「梅原さんの言うことって、至極もっともなのだけれど、なんでああ過激に聞こえるんだろうね」
 ほくもまあ、本音はこのあたりである。
 梅原氏の主張は膨大で多岐に渡り、そのすべてを肯定できるものではない(全部が同意できたら、それは逆にどうかしていると思うぞ。明らかに梅原氏の認識違いと取れる部分もあるし)。
 たとえば、ファンダムをどう捉えるかについて、ぼくと梅原さんとでは絶対に意見の一致はないだろう。
 だが、一理を取り出してみるとなかなか鋭い部分がある。

 否定的な見解は、まあ、こんなのがあった。
「手紙書いている暇あったら、小説かけよ。ばっきゃろー」
「おっしゃる事に一利はありますが、小説家の本文は小説を書くこと。かような書簡に精力を費やすより自作の執筆に力を注いではいかがでしょう」
 前者に対しては「オレの勝手だろうぎゃー」となぜか名古屋弁で罵倒を返すとして、これをもう少し敷衍していくと「読者は小説家の趣味に対してどの程度寛容になれるのか」という命題に突き当たる。

 ま、「××している暇あったら、小説書きなさい」の底には「××するな!」というのが本音として横たわっているだろうけれど、そこまで読んで話をしても仕方ないので「暇があったら……」という部分について考える。

「××している暇あったら、小説書きなさい」
 の××には何を入れても、ちゃんと仕事しなさい、という進言の根拠にはなりうる。××は女漁りでも良いし、インターネットでも、バイクいじりでも、鮎釣りでも、山登りでも構わない。
 だけれど、ちょっと待って欲しい。
 そんなになにもかも禁止されてしまったら、モノ書きは何を楽しみに生きたらいいのだ?
「お前、残業しろ。手当ちゃんと払うから、遊びに行くな。休日出勤で仕事しろ、な」
 と言われて我慢できる勤め人が居るだろうか? まあ、居るかもしれないが、ぼくはいやだ。

 モノ書きの場合、文庫化映像化印税収入のある人以外は書いた原稿の枚数が収入に直結するため、××しすぎると餓えて死ぬ、という結果に結び付くので、ま、食えている間はいいのではないかと、思う。

 もっともいかに「休日出勤」が嫌われようとも、要求する上司がいるのと同じで「もっと仕事しろ」という主張も、まあ、解る。
 結局は程度問題になるのだと思う。
 1998年度、青山の仕事量は新書書き下ろし四冊、文庫一冊、短編一本、こまかい仕事少し(これと別に同人誌に短編二本発表している)。
 本当はもっとたくさん完成させたかったので向上の余地はあるが、「××しすぎ!」と後ろ指さされる数値ではないと思う。いや、もっとたくさん書いている人はいくらでもいますが。
 まあ、そこまで擁護する義理は無いし、本人も否定するかもしれないけれど梅原克文もそれほど遅筆ではないと思う。
 現在執筆脱稿間近の「カムナビ」はおよそ二千枚。四年振りの新作となるらしい。年にならすと一年五百枚。特に長くはないが、ちょっとした単行本、年に一冊のペースになる。これより早い人はたくさんいますが遅い人もいくらでもいます。

 梅原理論に賛同する、しないとは無関係に「面白ければ、何でもいいじゃん」的な意見もあった。
「わたしゃ面白ければSFだろうが、そうでなかろうが、どっちでもいいよ」というわけである。これまあ読者としてはほぼ同意見なのだが、送り出す側にしてみるとそう安穏と構えていられない。
 もし、書店に並んでいる本の表紙に「面白い」とか「つまらない」と断定的に表記されていたとしたら、そしてその表記が信頼にたる物だったら、あなたは「つまらない」本を買うだろうか?
 いや「あなたは」という設問が適当ではないだろう。
「書店を通りかかった一万人の内、何人が買うだろうか?」
 つまらないと明記されているのなら、買う人数は少数派だろう。

 現実問題としてこれと似たような事がある。たとえば、付随する何らかの情報から買う買わないを判断するわけである。たとえば、出版社、著者の名前、そしてジャンルなどを判断材料とする。
 絶対に「つまらない」とされるジャンルの本があったとしたら、大多数の読者は買うだろうか? 「五〇年ぶり、プロレタリアート文学の最高傑作」であるとか「クローム襲撃を越えるサイバーパンクの新星」とか……まあ、売れないだろう。

 そこで、書き手の側からはこの「売れないジャンルのレッテル」を貼られないように努力するわけである。そして、現在「SF」というレッテルはつまらないとイコールで結ばれるレッテルであると言うのも、少なくとも書き手の側から見れば、現実なのだ。
 ならば、今度はどうするか、SFのてこ入れをするか、SFに変わるラベルを作り出すか、SFを見限るか、などという方法を模索するわけなのである。そうでなければ生き残れないというのが、現実なのである。
 ぼくや梅原さんがデビューした九十年代始めというと、スターウォーズに始まったSFブームが終焉を迎える頃で、当時、書店に並んでいた作者で現在、ほとんど名前を見ない人も多い。ぼく自身も一年以上仕事が無くて干上がりかけた。もし、戦記ブームなんてものが起こらなければ、学校の先生にでも戻っていたかも知れない。
 だけれど、そうやって消えるのは嫌だ。

 ぼくはジャンル分けは読者、評論家の作業であると認識しているので梅原さんほどホラーであるとか、サイファイとかに積極的に依存しようとは思わない。あるのだったら、乗る、というあたりだ。
 もちろん、もっといい(適切、かつ、売れる)レッテルを貼ってくれるのなら、何も文句はない。のぞむべくはそのレッテルがSFであればベストなのだが、もはや無理だろう。
1998/12/28日Mon記入 忙しい
 この三日間、何があったのか思い出せない。
 昨日は、宇宙塵月例会へ行ってたあいもない話をだべる。それだけはかろうじて覚えている。他愛もない、とは言ってもSF関係の宴会であるとか、SF関係のコンベンションの話である。ぼくにとっては息の抜ける瞬間である。
 で、もっと遊んでいたかったのだが、さっさと帰ってさっさと仕事。
 家にいてもあんまり進むはずがないので、デニーズへ出勤。すでに年末体勢なのか、店員にもいつも見る顔が少ない。適度にストーリーが進み帰る。帰りぎわ、近鉄デパートではクリスマス飾りをはずして正月飾りに換える作業中。
 年末たけなわで、正月気分を盛り上げたいのだが、なかなかそうも行かない。
 そういえば蕎麦を食った。
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