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1998年9月の近況へ
1998年11月の近況へ

1998年10月の近況
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 高千穂遙さんと森下一仁さんからチェックを受けてしまいました。往復書簡の中で青山の事実誤認があるとの指摘です。問題の個所はここ。SF作家クラブの組織は「会長永井豪、事務局長高千穂遙、事務局次長とり・みき」であるとの指摘。本Web内の当該個所に訂正を入れるととも、森下さんはこの内容についてご自分のページで一項目を割かれているので、そこにリンクいたしました。関係の方々、ご迷惑をおかけしました。お詫びいたします。【この注は残しました】

1998/9/27の週 10月4日Sun記入 続投・兼業主夫!
 相撲は優勝貴の花。よしがんばれ、洗脳パワーで部屋をぶっ飛ばせ! となおざりなエールを送っておこう。

 某保育園から連絡があった。どうも十月に零歳児の空きが出そうな気配なのである。だが、ここ一ヶ月の生活パターンを見ているとすっかり安定して定着している。もし、ここで娘を保育園に入れると送り迎えの必要性が出てくる。どちらかを嫁さんがやって、どちらかをぼくがやることになる。
 「送り」を嫁さんがやるのは不可能だ。朝の出勤時間帯は忙しいところを早起きして保育園に対する様々な準備(保育園によっては布オムツを必要とするところもある)をし、出勤する人々の群に逆らって乳児を抱きかかえて進まなければならない。
 「迎え」も難しい。というのも育児休業開けで時間短縮勤務でフレックスのコアタイムだけ出ればいいことになっていたのだが、すでに早朝出勤数回、残業数知れず。時短からの残業なので勤務表上にはそうそう出ないが、事実上三十時間程度の残業になっている(らしい)。これでは「迎え」も任せられない。いや、できなくはないが、その日のスケジュールが嫁さんが会社に行ってからでないと決まらなくなる。これでは編集者と打ち合わせもままならない。
 送り迎え、双方ともぼくがやると、朝八時には娘を保育園に連れていき、夕方五時半には迎えに行かなければならない。その間、日々の買い出し、掃除洗濯をこなして合間には仕事もしなければならない。  買い出しや、娘を連れての散歩など仕事の合間の気分転換には良いのだが、送り迎えまでがっちり押さえられると気もおさまりゃしない。
 というわけで、兼業主夫続投である。
 まあ、良いか、保育園、養育費高いし。

 兼業主夫生活も長くなりそうなので、子連れ出勤をしてみた。電車に乗り(おばさんに三回も席を譲ってもらった。全部辞退したけれど)仕事場に着くと、それまでおとなしかった娘が急に泣き始めた。なかなか泣きやまないが、おんぶすることによってやっと泣きやむ。まじめに仕事をしていた岡本賢一君にはえらい迷惑をかけてしまった。そのうちに篠田是方高橋ななをと言ったいつものメンバー登場。近くのオシャレな店でランチしていたんだと。
 ひとしきり赤ん坊をネタに騒いだあと、まじめに仕事。子供は寝ている。起きたところでおんぶで仕事。
 まあ、何とかなるかなあ、という印象はあるものの回りは迷惑だろうなあ。

 ……と、兼業主夫生活を満喫していたら、編集さんから電話。
 KKの稲垣さんから
「何枚まで行きました?」
 ウソついても仕方ないので正直に答える。
「うーん、じゃあ、12月刊行でいきましょう」。

 続いて朝日ソノラマ高橋さんから電話。こういうとき重なる。
「何枚まで行きました?」
「二十枚です」
「きゃぁ〜、五枚しか進んでいな〜い」

 ごめんなさい。

 現時点で
 バトル・オブ・ジャパン7 百九十枚
 怒るUFO……二一枚
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚

1998/10/04の週 10月11日Sun記入 うわぁぁぁ、どうしようぉぉ
 現時点での原稿進捗具合
 バトル・オブ・ジャパン7 二三五枚
 怒るUFO……二一枚
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚

 うわぁぁ、どうしよう。もう十一日じゃないか! しかもペースが上がらない。ま、間に合わない! 娘の面倒見てる場合じゃない。いや、でも、ぼくがお粥を作らなければ誰が離乳食を食べさせるんだぁぁ。掃除も洗濯も溜まっているし、嫁さんにまで飯を作ってやらにゃならん。にもかかわらず仕事はそろそろ二十四時間体制でやらんとまずいレベルにまで押してきている。

 錯乱していても始まらない。
 今週なにやったか思い出そう。
 月曜は……なにもなかった。火曜は娘が三種混合の予防注射だと言って嫁さんが医者に連れていく。こちらは午後から都響の演奏会。ネヴィル・マリナー指揮、ブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエム、ハイドンのオペラアリアいくつか、エルガーのエニグマ変奏曲。仕事で疲れている時に、こういう優しい演奏はほっとします。
 ってほっとしている暇はない。
 水曜、木曜も覚えていない。
 金曜は嫁さんが体調が悪いというので会社を休む。一日中家の中でゴロゴロしている。
 土曜は、嫁さんが昨日の体調不調はどうしたのか昼過ぎから大森の友人宅へ遊びに行ってしまい、その間に溜まっていた家事を片付け、夕方からは横浜中華街で北海道に左遷……じゃない、里帰りする友達の送別会。本人は左遷左遷と言っているが新しい職場は実家から自動車で十分というからは飛ばされたわけじゃないだろう。
 横浜は物凄い混んでいる。ベイスターズの優勝と、週末と、中華街のお祭りとが重なった。
 帰り、かなり遅くなる。中華街で欲しかった中華包丁も、焼き豚も、豚饅も買えない。

 帰りの東横線の中で仕事。バトル・オブ・ジャパン、一つの重要なシーンを書き上げる。

 ガラリと話題は変わって、ここしばらく梅原克文と手紙の遣り取りが続いている。ぼくが残暑見舞い兼引っ越し通知兼近況報告に対して梅原氏が近況を送ってくれ、対してぼくが「梅原氏の最近の発言、心強く感じる」由の返事を送ったあたりが始まり。
 梅原さんの近況はここ。
 ぼくが送った返事はここ。
 そう大したことは書いてないけれど、興味があればどうぞ。
 上記二つに対して、例によって頼もしい手紙が帰ってきた。
 梅原氏の掲載許可をいただいたので公開する。

【引用開始】
 残暑お見舞い申し上げます。
 お元気のことと思います。
 こちらは9月になっても、まだ梅雨です。

 次回作「カムナビ」ですが、1900枚になりそうな気配です。
 改稿中ですが、なかなか終わりません。
 発売は、99年の正明けか、春でしょうね。ああ……。

 さて、私の意見へのご賛同をありがたく思います。
 ところが……。現在、私の考えはさらなるステップに進みつつあります。
 ここまで来ると、貴兄にも、もう賛同してもらえないかもしれません。しかし、誰かが言わねばならないことでしょう。
 一応、書いておきます。

 最大の問題は、「神林長平、大原まり子、野阿梓、征悟郎などは、大衆に嫌われる作家たちだった」、ということです。
 なのに、SF関係者やSFマニアたちは、これらの作家たちを新旗手として扱ってきました。しかし、大衆は彼らを嫌い、その結果、SFの二文字も嫌われたのです。

 一方、私は、各出版社の編集者から、こう言われています。
「あなたのような作家が現れるのを、待っていた」と。
 SFアドベンチャーの元編集長、石井紀男氏からも、こう言われました。
「梅原克文が、もう七、八年早くデビューしていたら、SFアドベンチャーは潰れずにすんだ」と。
 我田引水、自画自賛に聞こえるでしょうが、よくお考えください。

 梅原克文もSFで、「神林長平、大原まり子、野阿梓、征悟郎など」もSFでは、ブランド商売が成り立たないのです。
 水かと思って買ったら、油だったり、コーラかと思って買ったら、しょうゆだったり、という事態を招くのです。
 お客様の視点に立って考えるのが、ビジネスの第一歩です。なのに、その第一歩を踏まないのでは、自滅するのは当たり前です。

 たとえば、むちゃくちゃ辛いカレーのみを出すカレー専門店「SF」があったとしたら、そこには変わり者の客が来るだけです。このままの味では、カレー専門店「SF」が日本全国にフランチャイズ店を展開するのは、不可能です。
 どうしても全国組織にしたいのならば、一般向けにほどほどの辛さを持つカレーの味を開発しなければなりません。

 アメリカでも、その点に気がついたらしく、大衆娯楽文化の担い手たちは、大衆に信用されなくなったSFをやめて、SCI-FI、サイファイを使う傾向が始まりました。
 どうも、これが正解のようです。
 つまり、「マニア向けはSF」「大衆向けはサイファイ」というのが、実態だったわけです。
 となると、私はSF作家ではなく、サイファイ作家だったのです。
 ヴェルヌとウエルズも、元祖SF作家ではなく、元祖サイファイ作家だったのです! ヴェルヌもウエルズも当時の大衆娯楽作家だからです!

 そして、日本における現状では、サイファイの代わりに、ホラーがその任を背負って、デファクトスタンダードと化しています。
 つまり、現在では「ホラーという記号表現」は、「ノンジャンル・エンターテインメントという記号内容」に事実上、変質してしまったからです。
(これは評論家の北上次郎氏が初めて指摘したポイントです。今から考えると、鋭い!)
 ゆえに「現実の枠組みから外れていく内容の娯楽作品」は、すべて「ホラー」のラベルを張っても構わないのが、現状です。

 ですから、以下のポイントを捉えなおすべきです。
 「シニフィアン、記号表現」と「シニフィエ、記号内容」との対応関係は変質するものだったのです。そして、このポイントを見抜くことこそ、真の意味で「科学的な思考」なのです。次世代の作家予備軍にも、こういう知恵を残すべきです。

 たとえば、評論家の北上次郎氏が、私を「日本クーンツ派」と名付けていました。今、考えると、これは鋭かったのです。
 つまり、「KARATE」や「KICK-BOXING」をやめて、「K1」(ケイ・ワン)にしたのと、同じ発想です。
(ご存じでしょうが、「K1」とは、「カラテ&キックボクシング混合勝ち抜き・世界一決定戦」のことです。自動車レースの「F1」をもじったネーミングです)
 もう、こういう手しか残されていないのでは、ありませんか?
 つまり、SFをやめて、当面はホラーにしておき、時間をかけてサイファイを立ち上げなおすのです。

 以上のことから、今の私は、もうSFラベルは商業出版の世界では使えない、と思っています。一度、地に落ちた信用は、取り戻せないのです。
 今の私が作家予備軍にアドバイスするとしたら、こうです。

「今は、ホラー作家のラベルを名乗れ。おれがサイファイのラベルを立ち上げるまで、あと十年ぐらいかかるから、ホラーで我慢しろ。SF? あれは終わったラベルだ。あきらめろ」
 他に言いようがありません。

 SF関係者にとっては、きつい批判だということは、承知しております。しかし、これが唯一の現実です。
 そもそも、いちばん迷惑しているのは、私です。子供の頃から憧れていた「SF作家」を名乗れず、「ホラー作家」を名乗るしかないのですから。

 しかし、今こそ、厳しい現実を突きつける人間が必要だと、確信しております。
 「KARATE」や「KICK-BOXING」をやめて、「K1」を生みだした姿勢を見習って、「SF」をやめて、「サイファイ」を立ち上げ直すことが現実路線だと、私は確信します。

 たとえば、宮部みゆき氏への日本SF大賞の授与は、私は大賛成なのです。
 しかし、日本SF大賞は過去に、神林長平、大原まり子、征悟郎などにも授与してしまった過失があります。つまり、「むちゃくちゃ辛いカレーの味」を「SF」と認定した過失です。
 この過失は、もう取り消せないのです。そして一度、地に落ちた信用は回復できないのが、世間の厳しさです。
 今のSF関係者は世間をなめている、としか言いようがありません。

 以上は、さぞ過激な意見に聞こえるでしょうね。しかし、冷静に考えれば、もう他に手段はないのではないでしょうか。

 貴兄の、さらなるご活躍をお祈りしております。
 では、いずれ、また。
          草々

 青山 智樹 様
【引用終了】


 この場所にぼくはぼくが書いた手紙を公開するつもりだったのだけれど、お間抜けな事にフロッピーを家に忘れてきてしまった。
 要約を記すると、ぼくはほぼ梅原氏と同意見である、と言うことと細部の意見の違いを洗い出す、というもの。フロッピーを確保し次第、アップデートします。
1998/10/12 マイナーアップデート

 嫁さんが体調不調、とのことで会社を休んで娘の面倒を見てくれるのでこちらは出勤。あんまりインターネットで遊んでいる暇もないので、上記、梅原氏から届いた手紙に対してぼくの返信を載せるだけにする。このあと何通か来ているのだけれど、一辺に公開すると混乱するので、続きは週末。


 梅原氏への返信1998.9.14

1998/10/11の週 10月17日Sun記入 続・うわぁぁぁ、どうしようぉぉ
 現時点での原稿進捗具合
 バトル・オブ・ジャパン7 三〇〇枚
 怒るUFO……二一枚
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚

 と言うわけで、さすがに一週間あるといろいろあるし、ホームページももう少しいじりたいのだけれど、さすがにケツに火がついてきたので、とりあえず梅原さんの手紙でお茶を濁します。

 で、往復書簡を読んでいる人に若干の補足説明。
 まず、ぼくや梅原氏の意見に反発を感じる人もいるかも知れませんが、両者とも「職業的な著作家」という基盤の上に立っている事を考えてください。ぼくもSFに愛着を抱いているが、読者としての愛着と創作者としての立場は違う。

 ぼくと梅原氏は同じ同人誌「宇宙塵」の出身で、梅原氏の「二重ラセンの悪魔」が掲載された宇宙塵の同号にはぼくの「この闇に光り満ち」が載っている。これらを読んだ当時エニックスの編集者が依頼をしてきてこれが梅原氏の「迷走皇帝」になった。一方、ぼくは遅れに遅れた上、エニックスが出版から撤退してしまったためまったく陽の目を見なかった。
 その後、梅原氏は「二重ラセンの悪魔」の長編化で大きく売り出し、ぼくも戦記シミュレーションでどうにかこうにか食って行けるようになったが、そこまでに数年かかった。
 ……つまり、何が言いたいのかというと、ぼくと梅原氏はお互いに、売れない苦労した時期を知っており、その苦しみを理解できる。梅原氏がどう思っているかは何とも言えないが、ぼくとしては戦友とでも言うイメージがある。
 うまく言えないのだけれど、そんなつもりで対話している。

 梅原氏からの手紙1998年10月1日
 次がこの手紙に対するぼくの返信。
 梅原氏にはちょっと申し訳ないのだけれど、さすがにぼくは大御所(しかも、ぼくの師匠筋だ!)を相手にトラブルを引き起こす度胸はないので、一部、自粛してます。

【引用開始】
梅原克文様
1988.10.5

 前略、台風お見舞い申し上げます。東京でも結構大変でした。昨日今日と珍しく秋晴れの空が広がっていますが、雨はもう嫌だ。

 まずは小の話題から。宮部みゆきSF大賞受賞についての反対について。
 ぼくが反対した理由はまずは宮部みゆきがSF作家であるか否か? という問題です。「SF作家でなくとも、優秀なSF作品に対して賞を与えるべきではないか」というのも正論ではありますが、正論を圧して反対するからには、いささかの説明が必要でしょう。

 今も昔もSFはしいたげられたジャンルでした。同じエンターテイメント作品でありながらミステリや、冒険小説などよりワンランク下に見られ、すぐれたSF作品を賞賛する場合でも「ただのSFではない」などと評されました。ご記憶にあるかと存じますが「ソリトンの悪魔」の推理作家協会賞授賞式で山村正夫氏の「ソリトンの悪魔はSF作品でありながら、図抜けている」との意の挨拶。ぼくには「大いなる助走」に登場する「儂の目の黒いうちは……」を繰り返す大御所を連想させ、思わず苦笑しました。
 これが笑える様になったということは、SFの地位が向上したからでもあるとはありますが、喜んでばかりもいられません。地位向上のためにSFは外部からさまざまな要因、人材を取りこんでいたのです。
 つまり「作家某は権威ある大作家である。某の傑作××はSFである。したがってSFの権威は高い」と言う三段論法を適用したわけです。
 たとえばこの××は三島の「美しい星」、マーク・トゥエーン「不思議な少年」、安部公房「第四間氷期」、芥川「河童」などいくらでもあてはめられます。ぼく自身も若い頃は同様な論法を使ったものです。今から思えば大きな間違いでした。
 三段論法を作品ではなく著者に適用したのが日本SF作家クラブです。
 今日、日本SF作家クラブの会員名簿に目を通すと、SF作家ではないと断言できる作家の名前が実に無数に散見されます。あれもSF、これもSFと引きずりこんだ結果です。
 これが読者としての立場で行われたのであれば、まだ許されたのでしょうが、職業作家集団の組織だった行為としては、眼もあてられない無残な失敗に終わりました。
 SFの基準などもともとそうはっきりした物ではないですが、誰がSF作家で、誰がそうではないと判断していいのか、いっそうぼやけてしまったのです。カレーだと思って食べたら、激辛どころか、ハヤシライスだったりしてしまうのです。
 SFであるか否かの境界の設定は個人によって違うでしょう。ぼく自身は大原、神林はボーダーライン近くに位置すると見ますが、外に置く意見があったとしても意は説えません。
 では、宮部みゆきはSF作家でしょうか? ミステリ作家でしょうか?
 これは議論の要を待ちません。あきらかにミステリ作家なのです。
 明白なミステリ作家にSF大賞を授与する、この行為はSFの混乱を招くだけです。したがって、反対なのです。余談ですが、宮部みゆきでなくとも「吉里吉里人」なり「アド・バード」に授賞させなくてはならなくなった時点で、受賞作なしにしてSF大賞はなくする、というのが正しい選択だったのかもしれません。もっとも、SF大賞が存続したからとていまさらそう邪魔になるものではないですし、われわれも将来、授賞する可能性もあるわけですから、気にかける必要もないでしょう。ちなみに、ぼくはSF大賞はさほど欲しいわけではありませんが、賞金は欲しいです。もっと欲しいのは読者です。

 SF大賞などどうでもいいのです。本当の問題は宮部受賞の是非にあるわけではなく、宮部に大賞を与えたSF作家クラブ、あるいは選考委員の体質に存在します。
 事実、スペースオペラ的な作品に賞を与えそうな気配はみられません。これ、本当に不思議です。
 疑問点を明らかにするために、SF作家クラブの中心的な人たちが誰かを考えて見ます。会長は永井豪です。高千穂遙も中枢で動いています。

 青山注:高千穂遙さん、森下一仁さんから以下数行「事実誤認との」チェックを受けたので削除、訂正します。「会長永井豪、事務局長高千穂遙、事務局次長とり・みき」と言うのが正です。関係者にご迷惑をかけたことをお詫びします。
 また、森下さんは梅原青山往復書簡についてのご自分のページで一項目を割かれているので、そこにリンクいたしました。
 ……と事実誤認はどう考えてもまずいのだけれど、話の大筋には大勢を与えないので当該部分を訂正しただけで進みます。


 中心的な人々はスペースオペラ作家なわけです。
 SF大賞の選考委員は別にいるわけですが、実情として高千穂遙が「おれは日本SF大賞が欲しい」と叫べば、授賞できてしかるべきです。なのにその雰囲気すらないとは、摩訶不思議としかいいようがありません。これは疑念を呈するとか、疑問に感じるとかのレベルではないのです。理解不能なのです。イデオロギーなどという高度な思想があるのかすら疑問です。なにかが狂っているのです。唯一考えうるのはSF作家クラブの集合無意識として一度は失敗したSFの権威化をいまだ進めているという仮説ですが、これも、まあ、いまさらどうでもいいことです。

【以下、延々とSF作家クラブ批判が続く。千文字自粛】

 ぼくがこの手紙の冒頭に「小の話題」と記したのはこのような理由によるものです。

 さて、そこで本題に戻って行きます。
 つまり、将来の展望をどう開くかです。
 スペースオペラ、サイファイ、SFの三分類。膝を叩きました。実に正鵠をいています。ぼく自身いままで「いわゆるSF」ですとか「宇宙戦艦が暴れまわる話」というような曖昧な言葉を使っていました。これはひとえに適切な言葉がなかった事によります。また、適切な言葉を作るにあたって、広義のSFの定義ができなかったためでもあります。ぼく自身苦労して「自分の目ざすべきは空想科学小説」という個人的な解釈を作り上げるのがせいぜいでした。ところが梅原定義はこれを見事に分類している。世の評論家どもに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいです。(非常な瑣末事項ですが「スペースオペラ」は使えないのではないのでしょうか? というのは世に「スペースオペラはSFの一分野である」というような認識が出来上がっているからです。また、サイファイとスペースオペラの間にどのように線を引くかも問題かもしれません)

 話を戻します。このような意見を抱きながらも、実のところジャンルの三分割、命名に対しては、あまり積極的には考えていません。SFが手を広げすぎたために衰微するに至ったとの仮説、非常な説得力を感じますが、分析には興味ありません。無論、前車の轍を踏まない様にするための反省は必要ですが、ぼくがサイファイに諸手を上げて歓迎するのは「面白い小説に貼るレッテル」ができるからです。ジャンルを規定するのは評論家なり編集者なり読者であり、我々創作者が置くべき重点は作品、つまり商品の品質向上を含めた「経営戦略」に他なりません。

 ですが、最近、経営戦略と言うことを考えると、SFやあるいはSFの尻尾を引きずったものを完全に捨て去るべきではないか、そう感じる事があります。
 世にはサイファイやSFよりも注目を集めているジャンルがあるからです。われわれはそれを狙うべきかもしれません。それはなにか? ノンジャンルと言うジャンルです。
 ここ数年ベストセラーとして名を成した作品を数えて見たいと思います。「不夜城」「パラサイトイブ」「失楽園」「テロリストのパラソル」「リング」「らせん」……。たしかにホラーは優勢です。しかも、古来からのホラーではなくSF的な作品です。「サイファイをSF作家の主要取り扱い品目とすべき」との主張は圧倒的な現実感をもって迫ります。ですが、始めから現実世界で始まり現実世界で物語を終える作品はより広い勢力を誇っています。
 幸いにしてぼくは様々な種類の作品を手懸たいタイプです。スペースオペラもやりたければ、無論サイファイも。まったくそうでない作品すらあります。

 サイファイを主要品目とすべきか、ノンジャンルをメインに置くか、これについてもぼくは明白な結論を出せずにいます。
 また、一般論として議論するのも難しいでしょう。ぼくと梅原さんの進路が完全に一致するはずもないからです。もし、仮に完全に一致してしまったら双方ともに作家としての存在意義は消滅するからです。
 ただ、SFが終わってしまった以上、はなから無いものとして行動するほかないのです。ちょっとばかり悲しいですが、いたしかたないでしょう。

 カムナビの完成、一SFファンとして心よりお待ちしています。

 追記ですが、梅原さんの手紙を他のスペースオペラ作家への公開、了解しました。
 それとですね、今回、青山もインターネット上にやっとホームページというものを作りました。
 そこに梅原さんの手紙を公開する許可をいただけませんか? ぼくの返信も載せるつもりです。
 もっとも、この手紙はマズイかなとためらっています。一部自粛かな?
1998/10/18の週 10月23日Sat記入 ヨロコビの踊りを躍る私
 現時点での原稿進捗具合
 バトル・オブ・ジャパン7 三六〇枚 脱稿!
 怒るUFO……二一枚
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚
 RIKAの月(仮) 一枚

 やったぁ〜! と両手を上下に振り立ててヨロコビの踊りを踊る青山でした。なお、ヨロコビの踊りとは九ヶ月になるに我が娘が何か喜しいことがあると両手を縦に振って全身全霊で喜びを表わす仕草です。

 てなわけで、今週は朝起きて嫁さん追い出して、娘に離乳食を食わせ、仕事し、買い物し、飯を食い、仕事し、掃除し、炊事し、仕事し、寝る、というサイクルが丸々続いていたのでそんなでかい事があったかどうか覚えていない。
 かろうじて残る古い記憶、と言えば昨日。
 入稿直前となるとチェックを入れなきゃならないところが結構出てくる。たとえばF4U−5コルセア(二二三機しか作られていない)の最大速度を出す高度は何メートルだとか、V2号の液体酸素搭載量は何トンだとか、そんなマニアックな資料はさすがに家には置いていない。
 んなわけで、昨日はさすがにここに出勤してデータをあさり、編集さんにメール。
「これ、ゲラ、いつになります?」
「いや、ちょっとわかんないんですよ。十二月発行分でまだ入っていないのがあって、そっちの作業先なんで」
「あれ、ぼくの七巻、十二月じゃないの?」
「いえ、一月です」
「……」
「その時間で八巻進めといてください」
 んー、やられたぜ。まるまる一ヶ月余裕があったわけじゃないか。

 んで、そんなこんなでここに書き忘れていたけれど、井上雅彦さんからメール。井上さんとは以前、クローズドのものスゲー危ない話ばっかりしているニフティの某パティオでアブナイ話をしていた仲。
 で、メールは別にアブナイ話ではなく、井上さんが責任編集している廣済堂文庫のオリジナルアンソロジーに書きませんか、という原稿依頼。出来るようならやる、という事で仮タイトルが「RIKAの月」。一枚しか書いとらん。

 で、お騒がせの梅原氏からの手紙。前出の手紙に対して、次のような返事が来た。
 そして、ぼくの返事が遅れている内に梅原氏からのもう一通が届いている。こちらはなんというか、珍しく意気消沈した内容だった。
 ぼくはこの二つに対して返信を書くつもりでいる。


 梅原氏からの手紙1998年10月07日

1998/10/25の週 10月30日Fri記入 久々に羽根を伸ばした
 前回の更新はメール入稿した直後なのでまだばたばたしていたけれど、さすがに一週間経つとあのせっぱ詰まった感じは消えた。まあ、本当はそんなのんびりして居ちゃいけないのだけれど、少しは許してください。→高橋さん。
 ちょっと前になるのだけれど例によって都響を聴きに行った。モーツァルトのバイオリン協奏曲を弾いた諏訪内晶子をみて、昔ニフティの会議室で交わされたある会話を思い出した。
 「美人バイオリニストはみ〜んな結婚しちゃっていて、残っているのは諏訪内晶子ちゃんぐらい。どうです? 青山さん、狙ってみては?」
 どう考えても冗談以外の何ものでもないのだけれど、ふと、そういう人生を考えてみた。別に結婚相手がバイオリニストではなくても構わない。ピアニストでも、声楽家でもそういうクラシックなミュージシャンの嫁さんを持ったらどういう生活になるか。いずれの職業でもそうそう一個所に留まっていては食っていけないから、旅から旅への生活になる。こっちは気楽なモノ書き稼業。くっついていくも、家で寝てるも自由。気楽じゃないかと思ったが、どうもそれでは面白くない。くっついていくとこちらは添え物。どっちにしろなんか詰まらない。
 そういえば、作家とピアニストのご夫婦はいらっしゃるけれど、その馴れ初めもピアニスト女史が「あたしの猫あずかって」と演奏旅行の間際、作家氏の元へ飼い猫を置いていったのが縁とか。となとると、こちらは完全な留守居番。一つも面白くなさそうだ。
 そこでぜんぜん想像を吹っとばして自分が演奏家か何かになっていたら、果たしてそれは愉しい人生だろうかと想像してみた。どうせ、夢想の中なのだからクラシックの指揮者か何かになって団員を顎で使い、今日は日本、明日はアメリカ、ヨーロッパと旅から旅……と考えただけで嫌になった。旅行嫌いなんだよね。遊びに行くのですら時には鬱陶しいのに、仕事で行ったらはてさてどうなるか。

 話はガラリと変わって、ひさびさに落語を聴きに行った。末広亭で橘家圓蔵が出る。メンツを見ると圓弥や文楽まで出る。結局、圓弥と文楽は代演で噺を聞けなかったけれど、全般に良かった。何が良かったかというと、二つ目の亀蔵。こーゆー若い人に出会うととっても喜しい。
 若い頃の圓蔵を彷彿とさせるような明るい、早い高座で「猫と金魚」をやってくれた。「猫と金魚」も好きな噺で、ある意味憧れている。何に憧れるかというと、実はこれは昭和期に入って出来た噺で作者が田河水泡。のらくろで有名なまんが家である。
 亀蔵にしても、歌武蔵を見て思うのが……茶パツでロン毛、ピアスの噺家はいるのに、なぜ、髷を結った噺家は居ないのだろうか?
 話がとっ散らかってしまったが、ふと、思ったのが噺家の生活って、良さそうだなと思ったと言うこと。そりゃ、売れる売れない、いろいろな苦労があるのは判る。
 だけれど、生活を想像してみるとなかなか悪くない。
 朝はそう早くない。でも昼には寄席に入って一席。そうやっていくつかの寄席を回って夜になり、夜もいくつか話をして一日が終わる。きっと寄席の近くの寿司屋か何かで一杯やりながら仲間と話をして夜が更けていく……もちろん、師匠との関係とか、下働きとか、下積みの苦労は想像しないでもない。だけれど、何となく良さそうに感じられるのはなぜ?
 ちなみに、物書きにも、売れない物書きというか、下積みの苦労みたいなのはあります。

 と、諏訪内晶子との甘い生活を夢想したり、落語家に共感したり、娘と遊んだりしていると唐突に朝日ソノラマの高橋さんから電話。短い休息時間は終わったようです。
 梅原さんからも手紙が届いており、これもまた返事を書いている。従って、五つのファイルを開いてそれぞれ進めているような有様。やれやれ。

 現時点での原稿進捗具合
 バトル・オブ・ジャパン7 一月発売予定
 バトル・オブ・ジャパン8 二枚
 怒るUFO誘拐事件 二八枚
 蒼穹の覇者2 彗星編 七〇枚
 RIKAの月(仮) 一二枚

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