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 バトル・オブ・ジャパン7 加州儘滅作戦発令

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 1999/01、KKベストセラーズより発売あとがきを読む

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§飛島中尉
 艦隊は相模湾沖で隊形を解いた。もう既に頭上には友軍の対潜哨戒機、東海が姿を現わし、不意の事故や、潜水艦の襲撃に備えている。ここまで来れば不慮の事態が起こっても内地からの支援を受けられる。ほぼすべての搭載機を損失した丸裸の空母において、これ以上ないほどの庇護である。
 春間近い穏やかな陽に照らされた飛行甲板には、飛行搭乗員、整備員に限らずすべての空軍所属将兵が整列していた。空軍に限らず、母艦を運行する海軍の要員も手すきのものは上がって来ている。
 最前に立つのは座乗する加藤建夫中佐である。加藤司令は空軍総体司令部より打電されて来た感状を読み上げた。通常であれば帰港後、陸上に上がってから発表されるものであったが、空軍総隊司令長官、大西瀧治郎中将直々の発令で、部隊が洋上にあるうちから読み上げられたのである。
「竜巻作戦において貴隊の活躍は目覚ましく、よって感状をささげる」
 搭乗員たちの反応は様々だった。歓声を上げるもの、やったとばかり感涙にむせび泣くもの、無反応なもの。
 加藤司令はついで、次の電信用紙を取り上げた。
「空軍総隊は全軍を挙げて次の者たちに感謝を捧げる」
 続いて、加藤司令は一連の名前を読み上げ始めた。名前は延々と続き、終わらなかった。読みながら加藤司令の手が、そして声が震え始めた。今さっきまで無邪気に歓声を上げていた若年搭乗員も声がない。
 読み上げられているのは出撃したきり母艦にも戻らず、救出もされなかった搭乗員たちの名前だった。一部には今後、生き延びていた事が確認される名前も出て来よう。不時着したものの、救出される事なく捕虜になったものもあろう。だが、大半はどちらにも属さない戦死者である。
 加藤司令の朗読が終わった。最後の方には司令もまた、目頭を熱くしているようだった。司令にとって部隊搭乗員は弟や息子に等しい。事実、司令とはそれぐらいの年の差があるものがほとんどだ。
 一堂、寂として声もない。
「今の者には、二階級特進が奉じられる」
 二階級特進は勲章のごとき心理的な報奨ばかりではなく、遺族への配慮もあった。戦死した時点での階級によって弔慰金、遺族年金が変わって来るからである。
 だが、次の言葉は加藤司令のアドリブであったようだ。
「かれらには、私からも心からの感謝を捧げたい……黙祷」
 翔も瞑目し、頭を垂れた。
 黙祷を終わらせると、加藤司令は表情を一新させて、最後の電文を取り上げた。
「榊原二等飛行兵曹、前へ」
 その名前には覚えがあった。出撃二回目の若年者でありながら安定した技量を発揮したものであった。
「これもまた、空軍総隊の新しい措置だ。榊原兵曹を空軍一等飛行兵曹に昇進させる」
 今度こそ、大きな歓声が上がった。もっとも、どんな場合でもそれぞれの反応を示す者はわずかながら存在しており、翔は最後の穏やかなグループに属していた。
 だが、さすがの翔も次に読み上げられた名前を耳にして驚愕していた。
「飛行操縦員、飛島翔少尉、前へ」
「おれですか?」
 場違いな素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そうだ。お前だ。飛島翔飛行少尉を、沈着な判断と攻撃の先駆けとなった果敢な攻撃精神により、中尉に特進させる」
 翔はもう一度、今度は自分で自分を差しながら問い返した。
「おれがですか?」
「だから、早く前へ出ろ」
 司令が、後がつかえている、という表情を浮かべた。翔は後ろから肩をつかれて、はからずも前に進み出ていた。押した当人は知らん振りをしているが、分からないわけがない。饗庭隊長だ。押すというよりぶん殴る勢いだったのだ。
 やがて、加藤司令の手で少尉の階級章がはずされ、真新しい星二つの中尉の階級章がつけられた。
 翔は饗庭隊長を見上げ、依原隊長と顔をあわせた。二人ともなんともいえない、喜んでいるような困っているような表情を浮かべた。翔の肩で真新しい光を反射する金属片は二人と同じ階級だった。
「やりづらい戦争だな。相棒」
 饗庭隊長が依原隊長に話し掛けた。
「やっと気がついたか」
 依原隊長はうなずきながら、詰まらなそうにうなずいた。同意の表情だった。
「ただいま昇級のあった者について追って辞令が発せられるだろうが、それまでは同位置で勤務に付くべし。以上」
 少尉は二機編隊の長機である区隊長の位置である。だが、翔は饗庭隊長のたっての希望で隊長の二番機を勤めていた。だが、中尉となればそれは許されない。最低でも小隊長を任じられる。空軍は体よく翔を引き抜いたことになる。
「まあな、昇進は喜ばしい。給料も上がる。だがな、それだけこき使われるってこったぜ」
 翔は今日までのこき使われようを思い出していた。
「判ってますよ。それはさ、つまり、二階級特進に一歩近づいたって事でしょう」
 空軍は飛行兵を死ぬまで使おうとは思っていない。機体の防備や、救出態勢からして人命尊重は明らかだ。
 死ぬちょっと手前まで使う気でいるだけなのだ。

§米内の悩み
 日本。米内光政は呻吟せざるをえなかった。ハワイ危機以来の工業力増強と、中国奥地での日独合弁工場の成功で軍需品の供給はうまく回っていた。
 だが、昨一九四七年は国内の米が不作であった。東南アジアから米を輸入したり、小麦原料による代用食で、さすがに餓死者が出るような事はなかったが、困窮は変わりない。陸軍兵力増強となると第一は兵員の増強であり、兵員とは裏を返せば主に農村部の若者たちである。働き手を失った農村の生産力は低減し、兵員はそのまま消費人口となる。
 さらに追い討ちをかけて来たのが、輸送費の高騰であった。シンガポールに集積されマレー鉄道でタイから、半島に輸送された工業原料は朝鮮半島から船で門司に送られて来る。長大な、あまりに長大なルートである。輸送を妨害しようとする連合軍を排除して日本まで運び、逆のルートを通じて送り返す。南太平洋の要衝であるトラック島は狙い撃ちされ、潜水艦に取り巻かれている。潜水艦磁気探査装置と船団護衛型駆逐艦の発達で被害は抑えられつつあったが、輸送船団を編成するだけでも一苦労である。
 シンガポールに石油精製プラントを建設して、ルートを短縮する努力を重ねてはいたが、今度は太平洋を渡ったパナマにまで補給を行わなければならない。
 パナマも攻略、八〇機ほどの震電改と、一五〇〇の陸兵で守っているが、この情況ではいつまで維持できるか知れた物ではない。政治的なデモンストレーションに過ぎない。
 アメリカに講和を申し入れる時期であった。一旦は占領したパナマを返還すれば、アメリカは停戦協定に合意するだろう。
 首相官邸。米内は閣僚たちを呼び寄せていた。すでにパナマは陥落し、大きく傷ついた連合艦隊は傷を癒すため、帰国の途にあった。
 閣僚を呼び集めて、米内首相が第一声を発した。
「パナマが陥落した」
 閣僚たちは表情をゆるませてうなずいた。朗報である。すでに大半の閣僚の元には届いていた。だが、つづいて発せられた言葉はまだ、ほとんどの者は知らず激しい反応を引き起こした。
「戦線離脱直後、連合艦隊はアメリカ大平洋艦隊の追撃を受けた。艦隊は損害をこうむった。だが、損失艦は一隻もなく、我が軍の反撃によりアメリカは空母三隻、戦艦三隻を喪失した。大平洋艦隊はパナマをねらわず、素通りしたため同地はいまだに日本の支配下にある。中米でのアメリカ軍の活動は低下するだろう」
 どよめきが閣僚たちの間に広まった。太平洋戦争始まって以来の本格的な海戦の勝利である。
 南大平洋海戦は贔屓目に見ても痛み分けであった。ハワイ強襲は完全勝利であったが、一方的な奇襲攻撃である上に、大平洋艦隊を討ち洩らしている。
 だが、パナマでは作戦目標を完遂した所に、追撃してきた機動部隊の排除に成功した。
 連合国はスエズに続いて、パナマ運河も失い、世界の海運の主導権を失った。洋上兵力でも大平洋艦隊主力は健在であったが、有力な機動部隊を失った。こうした条件の変化は今後より一層、枢軸に有利に働くだろう。
「私は連合国に対して、降伏勧告を行うべき条件が整った、と判断する。いかがかな」
 米内の視線はすぐ傍ら、閣僚たちの中でも上座に位置する精力的な人物に注がれた。前首相にして、陸軍大臣東条英機である。


あとがき
 桜花には幾つかの種類が存在した。実際に使用されたのは一式陸攻に搭載された一一型であるが、銀河に搭載するため小型化されたタイプもあったらしい。銀河に搭載できるのなら、流星にも積めるだろう。

 現在日本は三つの領土問題を抱えているという。一つはロシアとの北方四島問題。中国、台湾との閃閣列島問題。そして、韓国との竹島問題である。いずれも、各国間の歴史認識の違いが問題を複雑化している。
 ぼく自身、戦後生まれであり第二次世界大戦は「歴史上」の出来事でしかないが、我々の世代にもしらなかったで済まされない問題がある。
 つまりそれは、日本の取るべき戦争責任である。
 第二次大戦は非常に大きく、複雑な戦争である。さまざまな見方ができるだろう。対英米戦という立場で見ると、列強に遅れを取った日本が中国大陸に得た権益を確保しようとした戦争である。欧米人から、日本は無謀な侵略戦争を開始したと後ろ指されるいわれはない。
 だが、ことアジアに対しては、強弁もできない。欧米と肩を並べ、各国に軍隊を送りこみ蹂躙したのは紛れもない事実なのだ。
 それでいながら、アジア諸国の反日の集会のようなものをテレビで見たりすると、一人の日本人としてなにをどうするべきなのか、とまどってしまうのも事実である。
 すでに戦勝国による東京裁判も終り、戦犯たちも処刑された。国際法上は日本は戦争責任を取った、と言い逃れる事もできる。だが、太平洋戦争における日本の責任を問う声はいまだアジア諸国に根強い。東京裁判の正当性に対する疑念も当然生じてくるが、現実に日本は戦争責任を取りきっていないという認識が存在する。
 それではどうすればいいのだろう。
 補償をせよとの主張があるが、果たして、それで戦争責任を取ったことになるのだろうか。補償とは結局はカネである。金で方がつく問題なのか? 日本国政府の謝罪を求める、という要求もある。ごめんなさい、と頭を下げるだけで終わるのか?
 ぼくにはどちらも不十分であるように感じられる。かといって、それではどうすればいいのだろうか。

 先年のフランスの核実験に続いて、インド、パキスタンが、そしてアメリカも臨界核実験を行った。様々なメディアで世界の各保有国を塗り分けた地図が見られるようになった。多くの国が核兵器を持ち、少数が疑惑国として数えられ、それ以外も核を欲している。
 だが、世界有数の原発保有国でありながら、疑惑国ですらない国がある。
 我が日本である。
 日本人はこれらの事実を誇りとして感じてしかるべきである。
 核拡散防止条約は有効に機能していないと言われる事もあるが、問題の根源核兵器や、地雷や銃、刃物にあるわけではない。
 人は感情の生き物である。時には他人を殺したいと思う。銃でもあればただ指一本動かすだけで、憎い相手を抹殺できる。現実には殺人は最も難しい事業に属する。法治国家であれば殺人に対しては最も重い法的制裁がくだされる。ときには自らの死と言う現実に直面しなければならない。
 だが、それでも人は人を殺す。毒物を使い、刃物をふるい、時には自分の手で憎い相手の生命の灯を消す。銃がなくなれば、刃物で、棍棒で、時には竹槍で敵を殺すだろう。
 そして、双方の憎しみが倍加するのである。

 太平洋戦争の暗いイメージを象徴するのが特攻である。我と我が身を犠牲にして体当たり攻撃をかける。非常識な行為である。
 戦前、一般の日本人が外国人に抱いていた感情を分析すれば特攻の誕生も理解できる。つまり、恐怖である。終戦直後に飛び交った「男は皆殺しにされる」などというデマが欧米人に対する印象を表わしている。圧倒的な恐怖に対する反応が、自殺攻撃である。日本人居留地に上陸作戦が始まると、体当たり特攻が日常化し、一般民間人までもが平然と自殺する。時には竹槍をもって突撃する。
 アメリカ軍の夜営地に竹槍部隊が突っこんで来て、最後の一人まで倒して見たところひめゆり部隊か何かだったら、戦闘に勝利した側とて相当な衝撃であっただろう。
 日本人を駆り立てているのが自分らに対する恐怖である、そう悟った時はより激しい衝撃があったはずである。
 いずれにせよ、連合国はドイツや日本を力でおさえつける方針を放棄しなければならなくなった。一億総特攻などという標語があったが、本当に一億人が突っこんで来たら何が起こるか知れたものではない。悪いのは国民ではなく国の一部の指導的な狂信者であると理論のすり替えを行って、一般民衆を懐柔しようとしたのである。
 こうした方針にのっとってやって来たのが占領軍である。占領軍兵士の中にはまだ、日本人に対して得体の知らない異星人にでも接するような気持ちが残っていただろう。
 だが、我々はエイリアンではないし、欧米人も鬼畜ではなかった。

 韓国、金大中大統領訪日の折りに両国の共同声明が発表され、その中に「日韓の安全保障を強化する」という一文があった。日本なり韓国なりが危機的情況に陥ったらお互い助け合いましょう、という意味である。実にうるわしい言葉である。だが、現実には軍事的脅威国家が存在したばあい、日韓両国が共同して当事国へ攻めこむのが、もっとも手っ取り早い障害排除方法となる。
 もちろん、これでは仮想敵国の恐怖と憎しみを煽るだけである。
 アジアで軍事力発動によって事態の解決を見なければならない情況に直面した時、軍事力を用いずに戦争勃発を防ぐのが、アジアに対する日本の戦争責任の取り方である、そう考えるのは間違いだろうか?

 かれらもエイリアンでない。


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