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 バトル・オブ・ジャパン6 米本土強襲上陸作戦

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 1998/9/3、KKベストセラーズより発売→あとがきを読む

§§富岳、飛ぶ。
§東方の三人の科学者
 ベルリン郊外テンペルホーフ空港、主翼に赤々と日の丸を書き記した巨大な爆撃機が降り立った。
 爆撃機は急いで滑走路を開けると管制塔脇の駐機スペースに駆けこんでいった。わずかな作業の好きを縫ってドイツ人整備員が主翼にカモフラージュネットをかける。
「先生方、急いで乗り換えてください。レーダーでこちらに向かって来る敵機はないのは確認していますが、イギリスを出た爆撃機は二時間かそこらでベルリンまでやってくるんですから」
 操縦席から機長、森隆中佐が後部座席に大声で呼びかけた。
「ああ、わかっとる。わかっとるし、急いでおるんだがな。こんな長時間飛行機に乗っていたのは始めてでな」
 爆撃機の乗員室には数名の便乗客があった。
 一人は空軍の軍服に身を包んだ中佐。階級章から軍籍を持ちつつも、空軍の技術開発に携わる技術士官であると知れた。
 そして、小柄な初老の人物。気の弱そうな若者二人。若者のうち一人は初老の人物と時折言葉を交わしていたが、もう一人は終始、押し黙ったままだった。飛行機の中でも乗り心地を楽しんでいるかのようであった。
 森中佐に向かって答えたのは一行の中でも年かさの一人であった。頭はほとんどはげていて頭髪は耳の回りにわずかに残る程度である。非常に小柄であるが、老齢のために縮んでしまったわけではない。年の割に動きは素早い。
「しかし、あたんたちは、ずっとそっちで操縦桿握りっぱなしだったんだろ? よく、それだけ動けるもんだね」
 問いかけたのは若者のうち一人。先ほどから初老の人物とときおり言葉を交わしていた方である。この若者ばかりでなく、便乗客たちはやっと立ち上がって、つらそうに腰を叩いたり、背筋を伸ばしている。
 長時間の飛行は、便乗客に取っては退屈との戦いだけであるが、操縦者たちは退屈に加えて様々な作業が存在する。便乗客は時には横になって休みを取ってもいいが、操縦者はそうも行かない。
「まあ、こっちはこれが商売ですからね。それにこいつは中攻や連山と比べても乗り心地のいい飛行機ですよ。でかくて安定していて、暖房も与圧もきいている」
 森中佐は六連のスロットルレバーを叩いて満足そうに広々とした操縦席内を見回した。
 飛行機に対する賛辞を聞いて、無口な若者の頬にかすかなほほえみが浮かんだが、誰に気づかれることなく消えた。
「先生たちの意見も解りますが、三年前から比べたらずいぶんと楽になったもんですよ」
 やはり腰を叩きながら立ち上がったのは空軍の郡司技術中佐である。郡司中佐は開戦以来、ドイツとの航空技術交流を担当しており、今度まったく新しいプロジェクトのため「先生たち」を招いて新しい任地へ向かうところだった。
「私が始めてベルリンへやってきた時、シベリア鉄道経由でまるまる一ヶ月かかりました。それに比べれば一日以上かかるとは言え飛行機でひとっ飛びだなんて大した進歩です」
 一行は巨大な爆撃機の横腹に描かれた日の丸をくぐってドイツの地を踏んだ。郡司は自分たちをはるばる日本から運んできた巨人機を見上げた。
 高高度性能と、そして巡航性能を向上させる細長いハイアスペクト比の主翼。構造を軽減して尾翼面積を稼ぐ二枚の垂直尾翼。そしてなによりも目を引くのは主翼からつきだした六発の巨大なエンジンナセル。
 中島G10N1「富岳」
 日本のB36とも呼ぶべき巨人爆撃機である。全長四六メートル、全幅六三メートルと機体規模だけを比べれば、B36の四九メートル、七〇.一メートルよりは若干小柄であるが、爆弾搭載量、航続性能ともに遜色ない。
 もっとも、富岳にも弱点がないわけではない。これだけの巨大な構造物の設計生産にはとてつもない労力がかかる。B36がすでに量産体制に入って実戦配備されつつあるのに、富岳は小機数が慣熟をかねて連絡任務に使用されているだけであった。日本とアメリカの底力の差である。
 一行の頭上をすさまじい轟音を蹴立てて見慣れない一機の戦闘機が飛び抜けていた。先生は目を細めて飛び去っていく飛行機を見送った。断ち切ったような短い翼の先端はわずかに下方に垂れ下がっている。矩形の尾翼。細い胴体の上にジェットエンジンを背負っている。
「ザラマンダです。シュトルムフォーゲルに変わる新型の戦闘機です。もっとも、性能的にはだいぶ劣るのですが、こいつの方が量産が効きます」
 ジェットの轟音は途絶えない。一機が飛び抜けても、その後を幾つも幾つも甲高い音が響いてくる。離陸準備のためばかりでなく、地上でも運転を開始しているようだ。
「しかし、なんという騒々しさだ。この空港が首都防空の要だというのは解るが、なんでこうも騒々しい? まるで工場におるようじゃ」
 郡司は困ったように頭を掻いた。
「テンペルホーフは工場を持っているんです。地下に大洞窟を掘って、その中に飛行機の生産ラインがあります。ここで飛んでいるのは組み立てられて飛行テストを行っている機体です」
 郡司は説明しながらザラマンダを見上げた。
 ほう、とこの時、一行の表情に驚きが浮かび上がった。もっとも、無口な若者だけは別だった。彼はB29の攻撃制圧下にある日本でも同様の地下工場が建設されていた事実を知っていたからである。
「工場はもっと奥地に移動してB29の攻撃圏外に作られていますが、B36の登場によってヨーロッパ全域が範囲に収まってしまいました。ソビエトに間借りして作った工場を英米もそうそう爆撃するとは思えませんが、ベルリンに工場が必要なのも事実なのです。それがテンペルホーフです」
 一行ベルリン中央駅からそれぞれの目的地へ向かって分かれた。
「仁科先生とぼくはライプチヒへ向かいます。では、お元気で」
 一行は二手に分かれ、郡司と無口な若者は列車に乗って北上した。郡司は次第に気分を重くさせていた。同行者があまりに無口だっだためである。郡司の滞独期間は長かったが、それだけに日本語が恋しかった。技術者が相手ではせっかくの日本人相手にろくろく日本語も耳に出来ない。
 もっとも、郡司の希望は別の理由でかなえられる。
 列車にはどういうわけだか、日本陸軍の茶色い制服が目に付いた。列車中、日本語が渦巻いて騒々しいほどだった。
「ここは本当にドイツなんですか?」
 食堂車に昼食を摂りに行くかたわら、あたりの様子を見て若い技術者が目を丸くしていた。
「省線だってこんなに兵隊は乗っていませんよ」
 郡司たちは士官扱いで一等車のコンパートメントに席を取っていたが、二等に移ると若い兵士で溢れ返っていた。
「総統が交替してから新しい動きがあったのさ。一旦、縮小された関東軍に召集がかかって、こっちへやって来たんだろう」
 先日、ついにゲーリング政権が倒れ、新たな軍事政権としてスエズ攻略の立役者であるエルウィン・ロンメルが新しい総統となっていた。軍事政権の常として、交替に当たって選挙が行われたわけではなかったが、新しい英雄の総統就任はドイツ国民に諸手を持って迎えられた。
「確かにおれも心配さ。シベリア鉄道経由でベルリンくんだりまでやって来たのだろうが、こんなに兵力をヨーロッパに振り向けて大平洋の守りは平気なのだろうかってね」
 もっとも、若い技術者はもともと無口なのか、異国の地にやってきて緊張しているのか、会話は続かなかった。
 いずれにせよ、郡司にはそれ以上に自分の次の任務が気がかりだった。かろうじてそんな疑問だけを口に出していた。
「一体、こんな北の果てで俺たちはなにをさせられるのだろう」
 二人の会話はあまり弾まなかったが、若者が何か知っているのではないかと郡司は話を向けてみた。
「技術士官がなにも聞いていないのですか?」
「集合体の研究だと言われた」
 無口な若者も心当たりがないらしく、首を傾げた。二人の間に重い沈黙が流れた。
 オーデル川にそって北へ進むにつれ景色は急速に荒廃しつつあった。港に向かうあたりで陸軍兵士の一団は降りていった。兵士がいなくなると列車は急に寒々しいものになった。
 海が見えた。バルト海である。バルト海を右に列車はしばらく走り続けた。鉄橋を越えるとそこは三角州が成長した島である。島の名はウゼドムと言った。郡司はますます気持ちを沈み込ませていた。ウゼドム島をどんなに見つめてみてもなにも見えなかった。郡司の頭の中にドイツの地図こそ収まっていたが、島の名前に覚えはなかった。
 郡司と若者は列車を乗り換えた。列車は軍事境界線を越えて走り続けた。砂丘、沼沢、森の続くモノトーンの寂しげな光景の中を列車は島の最北端に向かって走った。郡司は自分の置かれようとしている状況が象徴されているように感じられた。ときおり、軍関係の研究所がかいま見えた。機密保持のためにこんなへんぴな場所にあるのだろうが、生活が楽しかろうはずがない。冬には冷たい雪が積もる。寒々しい土地であった。
 島の最北端、寒村を通り過ぎた。村の名はペーネミュンデと言った。
 列車が終端の駅で止まる。郡司の落胆はさらに酷くなった。無口な若者が目を輝かせて叫んだからである。
「うわあ、何て素晴らしいところだろう」
 研究施設の前まで出迎えが来ていた。中心人物は三十台半ば。技術者としては下働きの域を抜け出し、かといってプロジェクトのトップにもなり得ない年齢である。異国生活が長く語学にも堪能な郡司が自己紹介をし、若者と技術者を引き合わせた。郡司は通訳に入ろうとしたが、若者はたどたどしく挨拶をした。
「中島飛行機から派遣されてきました。糸川、糸川英男です」
 少壮の技術者もかすかにほほえみながらうなずいた。
「ブラウンです。ウェルナー・フォン・ブラウン」
 糸川は三度、ペーネミュンデの荒涼たる風景を振りかぶった。
「素晴らしい。実に理想的な環境です。日本ではこれだけ広い空間を得ることは不可能です」
 ブラウンは今度こそ心の底からほほえんだ。
「これだけ広ければロケットが多少の暴走を起こしたとしても大した問題はありません。洋上には北東に四百キロの距離で射程が確保されています。もっとも、四百キロでもそろそろ手狭になりつつあるのですが」
 ついで糸川の意識は研究施設のその向こうに聳えたつ不思議な塔に吸い寄せられていった。
 高さ十四メートル。なめらかな紡錘形で、飛行中の回転を観察するために白黒に塗り分けられている。下部につけられたフィンは薄く、塔が地面にそびえるための役には立っていないようであった。塔を支える鉄塔と、それを移動させるためのさらに巨大なクレーンがすぐそばにそびえている。
「あんなに大きなものは日本にはありません。凄い。あれですね。我々が相手にするのは」
「そうであり、そうではありません。我々はさらに大型で、大きな搭載量を持つものを作らなければなりません」
 郡司がおそるおそるフォン・ブラウンに問いかけた。
「あれは、なんです?」
「ロケットですよ。軍人たちは報復兵器(ルビ フェルツングスヴァッフェン)二号と呼んでいますが、私たちは集合体(ルビ アグレガーテ)四号、A4と呼んでいます」

あとがき
 本作品にはB36と富岳が登場する。B36については初期型のスペックを採用しているが、富岳については可能な限り控えめな数字を採用した。B36は実在した機体であるので性能について議論する必要はないだろうが、富岳は計画が途中放棄されたため、様々な数値が存在する。極端な場合、最大速度七八〇キロという数値までが飛びだす始末である。三〇〇〇馬力六発のB36が六〇〇キロそこそこであるのに対して、五〇〇〇馬力六発の富岳が速度的な優位を勝ち得たとしても、百キロ以上の差が開くとは思いがたい。その前に五〇〇〇馬力エンジンを作れるかどうか疑問であるが。
 もっとも、B36が鈍速であったのも事実で後に外翼にジェットエンジンを追加し始めて朝鮮戦争に実戦投入された。B36は図らずも太平洋戦争には間に合わなかったが、間に合ったとしても、稼働率の低さから十分活躍できたかどうか疑問がもたれる。富岳に置いてもかわらなかっただろう。仮に作られたとしても本文に納められたように十機内外の運用がせいぜいであったに違いない。
 日本側のジェット機として登場する「震電改」。これは存在しない。震電のジェット機型も計画されていたが、完成したとしても秋水改と命名されるはずであった。フィクションの場合、秋水改では混乱を招くので震電改とした。
 実際問題として、震電が実用化されたとしても離着陸の非常に困難な飛行機となっていただろ。こうした問題点は震電のテスト飛行でも指摘されている。着陸特性ばかりではなく、細長い主脚では事故が多発したのではないかと想像される。
 逆にジェット化すればこれらの問題を一気に解決した上、速度向上にも繋がったはずである。また、震電の昇降舵全体が角度を変えるオールフライングテイルであれば、急降下で音速を越える事も可能だったはずである。日本の場合、流星が同形式の尾翼を採用しているため、そう難しくもなかったはずだ。
 もっとも、現行の昇降舵の形では衝撃波に起因するフラッターが発生するので、作中では後退角を付けた。どうせ、小説の中なのでエリアルールを適用したかったのだが、さすがにそれは手控えた。

 戦争では、より少ないミスの側が勝利する、と言われる。太平洋戦争を振り返って日本の失敗をあげつらう声はよく耳にする。それは事実だとしても、英米もとんでもない間違いを冒している。
 源田実は「世界の三大愚行とは、エジプトのピラミッドと、万里の長城と、戦艦大和である。大和を融かしてすべて飛行機に作り替えるべきだ」と叫んだと伝えられている。
 このエピソードは旧日本海軍の航空に対する無理解を表わす逸話として伝えられている。だが、日本は、日本の軍部はそれほどまでに蒙昧だったのだろうか?
 開戦後、日本の造船計画は空母と潜水艦に塗り潰される。開戦後、戦艦の進水はわずかに大和、武蔵の二隻のみ。戦艦として起工した信濃を空母として改装し、大和武蔵以外のすべての戦艦が空母改造の対象として検討される。この計画は伊勢、日向に対して実施された。航空戦艦と言う中途半端な形に終わるが、工業的時間的余裕があれば完全な空母へ改造されていただろう。日本がいかに空母を重視していたか知れる。
 アメリカは対照的である。続々とアイオワ級高速戦艦を竣工し、開戦後戦艦として完成した艦は八隻をかぞえる。さすがにモンタナ級はキャンセルされたが、これとて中止されたのは四三年七月。すでにソロモンの激戦は終わり、日本軍がガダルカナルから撤退して半年以上経っている。戦艦が戦局にろくろく寄与しないのはとっくに判っていたはずである。
 日本とアメリカを比較した場合、日本の方が遥かに航空を重視していたのだ。
 太平洋戦争はアメリカの工業力優勢のため最後には圧倒的な差がついてしまったが、もし何かの間違いでアメリカが敗北していたら、原因の一つとして「アメリカ海軍の戦艦偏重」が挙げられるのは疑いない。

 三年ほど前、イギリスはロンドン郊外、英国王立空軍博物館でフリッツXを見た。イギリスへ足を踏み入れたのはグラスゴーで開かれた世界SF大会に出席するためでもあり、駆け足の見学となったが、作品の資料とするためどうしてもアブロランカスター爆撃機を見たかったのである。
 ロンドンの地下鉄、ノーザンラインに乗って北上すると地下鉄も地面の上に出る。終点から二つ三つ手前のコリンデールを降りて徒歩数分。広大な敷地を擁するRAF博物館があった。四発のランカスターが実に巨大なハンガーに納められていた。ランカスターばかりではない。ハリファクス、フォートレス、バルカンなどと言った爆撃機がボンバーコマンドホールなる広大な建物に集められていた。いずれも保存状態は良好で五〇年以上も前の機体だというのにオイルとガソリンを入れてやればいまにも飛び立てそうである。
 ここにはは英国機ばかりでなくドイツ機も保管されていた。勝利したせいもあるだろうが、英米では戦争の遺物を歴史的事実として捉え数多く保存されている。
 ランカスターの翼下にブロックバスター爆弾と並んでフリッツXが置かれていた。イタリア軍の戦艦ローマを三発で真っ二つに叩き折った誘導爆弾である。あまりに急速に訪れた崩壊にローマの乗員は大半が運命を艦とともにした。
 フリッツXにはいくつかのタイプがあるとされているが、具体的に区分を記してある資料は見あたらず、ぼくが目にしたのはどのようなものなのか、いかなる経緯でイギリスの航空博物館に置かれるようになったのか、判然としない。
 丸い本体と、尾部に付けられたリング状の尾翼。弾体から飛び足した多数のセンサー類。これを見てぼくはある別の爆弾を思い出した。長崎で見たレプリカのファットマンである。
 能書きを付け加えようとは思わない。ただ、主目的たるランカスターを見上げて、これはドレスデンに行った機体だろうかと、いぶかっただけである。
 ドレスデンや、コルシカ、長崎でなにが起こったか歴史的事実とは無関係に、フリッツXもランカスターもひっそりと広大な博物館の中にたたずんでいるだけである。それら自身、歴史的な事実として。

 当時の為政者が冒した間違いが何であったか、強調する必要はないだろう。


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