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 葵の太平洋戦争2

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『葵の太平洋戦争2』
2006年9月15日、実業之日本社より発売。
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§序
 江戸城、三の丸。
 江戸城は本丸、西の丸を中心に、二の丸、三の丸で囲まれている。本丸、西の丸が将軍の居城であり、二の丸、三の丸は防衛用の曲輪(くるわ)と呼ばれる防御構造の一部である。守備兵力として旗本の詰め所や、演習場が置かれている。
 広い三の丸の一画に御殿が置かれ、簾が下ろされている。この場合、御殿とは臨時の将軍の居場所をさす。もっとも、いま、現実の将軍は御殿の中にはいない。将軍の御前と言う形式を取っているだけである。
 御殿の前で一連の儀式が執り行われている。
 十人余の足軽が列をなし、神妙に列をなしている。
 御殿の前、床机に腰掛け、袴裃の武士がある人物の名前を読み上げた。
「銀輪隊、足軽。藤里庸司、おいでませ」
 こちらは兜に具足を身につけた戦じたくの足軽が前へ進み出た。
「はい」
 神妙な顔つきである。
 武士……陸軍人事差配役の上士官が続ける。
「藤里以下、十四名」
 続いて名前が読み上げられる。
「……この者たちを三等下士官として取り立てる。謹んで受け取れ」
 言って白木の大刀を差し出した。新たに士官に取り立てられた者たちの帯刀式である。将軍から刀を下げ渡され、正式に士官として認められるのである。
 庸司は両手で刀を受け取った。
「ありがたき幸せ」
 礼を述べて一歩下がる。軍功著しい庸司は銀輪隊の代表として、帯刀式の代表として選ばれたのである。
(略)

§戦士階級
 江戸城、中奥。
 家正の御前で軍議が始められようとしていた。表向きの大本陣にあるのとまったく同じ大兵棋版が置かれ、周囲を国防奉行。陸、海、空の大目付けと筆頭軍師が囲んでいた。家正を別にした全員が裃を身に着け、床机に腰をおろしている。
「ただいまより、インド平定に関する軍議を執り行います」
 将軍付き小姓の声が響き渡った。
「うむ、よきにはからえ」
 家正が許しを出した。
「海軍より太平洋方面の戦況を報告いたします」
 先に海軍大目付に就任した山本五十六が声を発した。
「海軍は陸軍および、海軍陸戦隊のガダルカナル島周辺よりの兵力撤退に従事し、これに被害僅少で終了いたしました。洋上兵力はこのまま太平洋、アメリカ大陸方面をにらみ、迎撃作戦に転向いたします」
 海軍は度重なる海戦で多くの敵艦を葬っていた。たが、被害も大きく、いまや海戦の主役となった空母は大半が海没するか、大破してドッグ入りしていた。もっとも、状況はアメリカも同じで双方共に戦況を左右できるほど強力な空母はない。
 様々な状況を検討した結果、日本軍はラバウルまで撤退。押し寄せてくるであろう敵艦隊を迎撃する方針に変更した。いまや太平洋で堅固な防備態勢が整ったのである。
 陸軍大目付け、杉山元が言葉を継いだ。ガダルカナル作戦の失敗で失脚した東条の後任者である。
「陸軍もまた国防奉行の沙汰を受けガ島を完全撤退いたしました。ニューギニアからの兵も引き上げつつあります。唯一、侵攻が進んでいるのは唯一インド方向にてあります。現在、インド侵攻に備えてインパールに兵力を移動しつつあります」
 主戦場はインドになりそうな気配である。かつて緊張していた満州であるが、ソビエトの侵攻の恐れがなくなったため、警戒を緩められた。
 中国国民軍はいまだ健在であったが、家正が慰撫工作を取り始めたために、住民感情は親日的になりつつあった。無論、国民軍に肩入れする英米の戦力は残っていたが、これもまたインドを陥落させれば補給路を断てる。
「インドの平定であるが、どのように行う?」
 家正は手のひらに鉄扇を打ちつけながら問うた。
 陸軍はインパールを中継点に陸路を進み、カルカッタを占領。ここからガンジス川を超えてニューデリーを経てインド亜大陸の横断を主張した。もともと、陸軍はソビエトを仮想敵として組織を組み立てていた。南方作戦が主と計画変更され、島嶼部での戦闘が中心となったが、平地あるいは山岳戦はお手の物である。ソビエト縦断を考えれば、インドを切り取るのは造作もなかった。
「糧秣の補給は持つのか?」
「どうにか。幸いにしてインドは米食地帯。兵糧の調達は現地でまかなえましょう。問題となるのは武器弾薬。これを確保するためにインパールに集積地点を作り、空輸しております」
 家正は渋い顔だった。
「空輸と言うのが気なるな」
(略)

 カルカッタ、イギリス軍守備隊本部。
 極東方面司令官サー・アーチボルド・ウェーベルは広いウッドのデスクを前に、渋面をさらに不愉快げに歪ませていた。つい先頃、アフリカ戦線から移動させられてきた人物である。アフリカではロンメルに苦汁を嘗めさせられ、本国の信頼を失っていた。
 本人は左遷と受け取っていたし、インドで与えられた戦力も満足のいかないものであった。
「メイジャー、シャハム。インド兵とはかくももろいものだったのかね?」
 そばに立つ人物はイギリス軍の制服に身を包んでいるが、顔はインド人そのものであった。
「残念なことです」
 シャハムはさほど残念でもなさそうに答えた。答えは英語である。発音もきれいなイギリス風のイントネーションで、イギリスで教育を受けていたのだろう。インドの富裕層には珍しくもない。チャンドラ・ボースもケンブリッジ大学を卒業している。
 シャハムにも言いたいことはあった。インド兵が弱いのではなく、あなたが選び出した兵が弱かっただけではないか、そう問い詰めたかった。
 インド、ヒンズー教には厳格な身分制度が存在する。カースト制と呼ばれる階級だ。上からバラモン、クシャトリア、バイシャ、シュードラの名前がある。日本の士農工商という身分制度と似ているが、御一新で慶喜が無実化している。インドのカースト制ははるかに拘束力の強い。
 シャハムはクシャトリア、戦士階級に属する。
 また、インドの階級制度を複雑化させる「ヴァルナ」と呼ばれる分類もある。クシャトリアは戦士階級と訳されるが、政治家や僧もいる。本来、僧はバラモン階級のはずであるが、ヴァルナの違いが影響しているのである。
 シャハムはヴァルナも戦士であった。つまり、戦士の中の戦士である。

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