★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 保坂和志拡散マガジン  ∧ ∧   ★ぴょん吉くんはかつおぶし中毒★ =〆ェ^=          略して『ぴょんかつ』 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 第46号 父のこと 其の弐(2/24)  ============================================================ 「兄貴のボクシングのグローブうちにまだ置いてあるんだよ」 「えっ」  勝好おじさんの話が突然だったので、ぼくは一瞬戸惑った。 「兄貴ボクシングやってたの知ってるだろう」  知っていた。ぼくは、小学生のときに一度だけみせてもらった白黒の 写真を思い出す。若かった父がグローブをはめファイティングポーズを とっていた。写真はまるで遠い過去の思い出のようにうっすらとセピア 色がかっていた。 「おまえもボクシングやれって言われてなあ。結局全然使わなかったけ どなあ」  勝好おじさんは、缶ビールで少し酔った赤い頬に白い歯を見せて笑う。                 『大漁祝い』 ============================================================ 父は九人兄弟の次男だ。 若いときにいろいろやりたいことをやっていた父は、歳の離れた勝好 おじさんや末っ子の康治おじさんの弟達からみれば、ある意味あこがれ の存在だったらしい。 父の兄弟が一同に会する新年会で、小学生だったぼくに酔った康治おじ さんは、 「ヒデあんつぁんはすごいんだから、とにかくすごいんだから」 と何度も繰り返し言っていたのを思い出す。 そのときのぼくには、康治おじさんがそんなことを言っているころには もうすでに酔っ払って早々と炬燵で寝ている父の何がすごいのかわから なかった。 ============================================================  子供の頃、よく父の本棚を探検するのが楽しみだった。百科事典から 小説、なかには明治大正の頃のものまでさまざまな本が日当たりの悪い 奥の部屋の壁一面にずらりと並べられていた。それらの本を読むとはな しに取り出してはめくるのが好きだった。ある日、一冊の汚れた分厚い 大学ノートを見つけた。ノートには万年筆で書かれた細かい字がぎっち りつまっている。本の題名と短い感想が書かれた父の読書ノートだった。 そのノートに色あせた新聞がはさんであった。その新聞に載っていたの が父の小説だった。河北新報文芸賞受賞作とある。その夜父に聞いて、 初めて父が昔小説を書いていたことを知った。ぼくが生まれるずっと前 だ。父の小説を見たのはその一度きりだった。その後引越しなどで整理 してまだ残っているのかどうか。題名も憶えていないが、主人公が海岸 に立って「ばかやろう」と叫んでいる描写があったことだけ憶えている。                 『大漁祝い』 ============================================================ その父の本棚から、『部下の褒めかた叱りかた』 というわりと新しい本を見つけたこともあった。 子どものぼくにはまったく関係ないようなそんな本が、ぼくにはとても おもしろかった。 いわゆる実用書というかハウツウ本のような本があるということ自体が 新鮮で物珍しかったのかもしれない。 父の本棚を探検していたせいか、本というものは、およそ実際の日常の 生活とは直接関係ないものの世界のような気がしていたのかもしれない。 『部下の褒めかた叱りかた』 やはりそれは父の本棚のなかでは異彩を放っていた存在に見えたのだろう。 いまで言えば、はやりの「コーチング」のような本だったのだと思う。 会社での父の姿、という家庭とは別の面が垣間見れたような気がしたの かもしれない。 ============================================================ 「細かいの好きなんだ。兄貴も好きだったもんなあ。船の絵描いてたの 知らないかい。帆船とかを鉛筆でひとつひとつほんとに細かく描いてたっ けなあ」  帆船の絵は知らなかったが、子供のとき百科事典に載っていた水中翼 船の絵を描いてもらったのを思いだした。父はぼくの見ている前で、画 用紙に鉛筆で軽くさらさらと描いていった。あっという間に描きあがり 最後に絵のしたに"水中翼船"と書きぼくに渡してくれた。水中翼船が波 しぶきをあげ、ほんとうに凄いスピードで海を渡っていくように見えた。 父の絵を描く姿はその一度しか見たことがなかったから、いまおじさん に聞くまでずっと忘れていた。 「兄貴は定年になってこれからどうすんだって」 「再就職しないで職業訓練学校で園芸習うらしいですよ」 「エンゲイ?」 「植木とかの」 「似合わねえなあ。庭いじりでもすんのかい」  勝好おじさんは、以外だというふうに首をかしげながら笑う。                 『大漁祝い』 ============================================================ 家庭菜園や庭の植木をいじったりという勝好おじさんにとっては以外な 定年後の父の姿も、ぼくにとってはよくわかるような気がする。 というか、言葉で理解できるというのではなく、体で理解できる、とい う気がする。 ほんとにわかる。 父の現実の姿は父自身しかわからない。 おじさんの知っている父、妻である母の知っている父、兄の知っている 父、ぼくの知っている父、 それぞれが、父の一つの側面でしかないのだろう。 しかし、あえておこがましい言い方をすれぱ、父の魂の遺伝子のような ものを一番おおく受け継いでいるのは、ぼくであるような気がする。 言葉や論理ではなく、体で理解できる。実感できる、というか、いや、 実感でわかる気がするだけなのかもしれないけれど、確かにそんな気が する。 そんなことを考えていると、父が生きているうちに、ゆっくり語り合う 機会をもっと持ちたい、という思いがつのっていく。 でも、いざそんな場面がやってきても、実際にはなかなか話が続かない んだろうなあとも思ってしまうのだった。 ============================================================  父はとても緊張していたが、兄の披露宴は和やかに行われていった。 父が絶対みんなで唄おうとプログラムに入れていた新郎親戚一同による 閖上大漁節も、控室での一回の練習でなんとかみんなうまく唄えた。  いよいよ最後に、新郎新婦から花束が贈られ両家の親代表として父が あいさつにたつ。薄暗くなった照明の中で、スポットライトが父を照らす。 「本日は、」と始まったときから、大きな声をだそうとする父の声は 潤んでいた。  泣いている父を見るのは初めてだった。父は必死にこらえながら、 一文節ずつなんとか先へ進もうとしている。しかし、こらえきれずに つまってしまった。会場のみんなが父を注目して静まり返る。そのとき、 ぼくの隣にいた康治おじさんが、両手のひらをメガホンにして声を掛けた。 「ヒデあんつぁん日本一!」  歯をかみしめてこらえていたぼくも、康治おじさんの一声で、一気に 涙があふれ出た。  父は「失礼しました」と大声で自分を律するように言ったあと、なん とか続けてあいさつを終えた。  室内の照明が明るくなる。ぼくは急いで涙をぬぐった。                 『大漁祝い』 ============================================================ ●執筆後記● 父は滅多にカラオケはしないが、父のカラオケを聞いてこれまたハッと した。 大声を出して唄うのだ。 ♪今朝の日和は空晴れ渡り 波静かえ  アラエーエーエトソーリャ  またも大漁だえ ○○○お知らせ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ ★「言葉の外へ」2月25日発売 http://www.k-hosaka.com/ ★出来るだけ等幅フォントでお読みください。 ☆ご意見・ご感想・投稿などはこちらへ   akama@din.or.jp ★「ぴょんかつ」は『まぐまぐ』( http://www.mag2.com/ )と E-Magazineを利用して発行しています。( http://www.emaga.com ) ★「ぴょんかつ」の登録・解除は 『ぴょんちゃん倶楽部』(http://www.din.or.jp/~akama/)か 『まぐまぐ』(マガジンID:0000019217) 『E-Magazine』(マガジンID:akama) のそれぞれで各自お願いします。 ★「ぴょんかつ」は転載自由です。勝手に拡散おねがいします。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 保坂和志拡散マガジン   ぴょん吉くんはかつおぶし中毒 略して「ぴょんかつ」                       第46号 発行人  あかま としふみ akama@din.or.jp               http://www.din.or.jp/~akama/ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆