北ドイツの旅



この北ドイツ紹介は東洋大学のドイツ語教官、柴田隆行先生が大学のサーバに「ドイツ語通信」として掲載されていたものの一部を、ご厚意により転載させていただいております。日本人のドイツ観光はロマンティック街道に代表される南ドイツが中心という状況下で、貴重な北ドイツ紹介です。写真はドイツのサイトから借用しました


 「北ドイツ Norddeutschland」と言われる地域は、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州Schleswig-Holstein、メクレンブルク・フォアポンメルン州Mecklenburg-Vorpommern、ハンブルク州Hamburg、ブレーメン・ブレーマーハーフェン州Bremen-Bremerhaven、ニーダーザクセン州Niedersachsenを指す。ドイツの州Landの名前には2つの地域名が合わさったものが多い。ノルトライン・ヴェストファーレン州Nordrhein-Westfalen、ラインラント・プファルツ州Rheinland-Pfalz、バーデン・ヴュルテンブルク州Baden-Wurttembergなどもそうだ。これは領邦国家体制が長く続いたドイツの歴史に由来するが、その話は省略。ハンブルクやブレーメンはハンザ同盟都市として早くから自由都市だったおかげで、市の規模でひとつの州を形成している。

 北ドイツに来る日本人観光客は、南ドイツと比べるとはるかに少ない。ハイデルベルク、ミュンヒェン、ローテンブルクなどは日本でよく知られているが、フレンスブルク、シュレスヴィヒ、リューネブルクなどドイツで有名な町でも、日本製のガイドブックにはめったに載らないか、載っても地図なしの小さな記事どまり。キールは州都でありながら、町中で日本人に会うことはめったにない。多少知られている町としては、別格のハンブルク、ブレーメン、リューベックといったところだろう。

 お薦めの町を北から順番に簡単に紹介しよう。ハンブルクから北は、紙面の都合で別の機会にする。メクレンブルク・フォアポンメルンは前回紹介した。(注:ここでは割愛しました)

フレンスブルク Flensburg
デンマークとの国境近くにある町で、駅にデンマークの列車が入る。建物もどことなくエキゾチック。駅前の長細い公園を下り、繁華街まで徒歩15分。見所は1キロほどの商店街とその右手にある湾および左手の高台にある歴史博物館。

グリュックスブルク Glücksburg
フレンスブルク湾に近い中央バス乗り場(ZOB)から1時間に1本のバスで約30分。小さな湖の畔にかわいいお城がある。Glucksburgとは「幸福城」という意味。デンマーク王子の城だった。いまでもその子孫が住んでいるが、博物館になっている。木の床を守るため、大きなスリッパを靴のまま履く。歩きにくいのでついスースーと擦って歩き、知らぬ間に床磨きを手伝うことになる。お城の地階(日本の1階)にあるレストランは安くておいしい。ときどき結婚式で貸切になる。お城を見学したら、湖畔を一周しよう。湖に浮かぶお城の写真を撮っていると、ついフィルム1本使いきってしまう。そうそう、着いたときに帰りのバスの時刻をしっかり調べておこう。帰りのバスは4時間後!というときもあるから。運が良くても2時間後。

シュレスヴィヒ Schleswig
19世紀中頃までデンマーク王国に属していたので、建物はデンマーク風。旧市街まで駅から徒歩40分ぐらいあるので、バスで行くと良いだろう。だがそうすると、途中にある、宮殿を改造した州立公文書館、町営博物館、風格のある高等裁判所、お城を利用した博物館島(歴史博物館と美術館、現代美術館、キール大学芸術学部などがある)、シュライSchleiという名の大きなフィヨルド、などを見ることができない。旧市街には教会と市役所、そしてホルムHolmという小さな漁師町がある。アンデルセンの故郷オーデンセを思い出させる小さな家が並んでいる。シュライの反対岸にはハイタブというバイキング博物館がある。また、駅の裏手(徒歩1時間)にはダーネヴィアケというデンマーク人が中世に造った土塁も残っている。

レンツブルク Rendsburg
デンマーク風の街並みや湖も良いが、何と言っても印象的なのはキール運河を渡る鉄道の巨大ループ橋。北へ向かう列車は、運河が近づくとしだいに坂を上り始め、背の高い鉄橋で運河を越える。左手はるか下に駅が見え、目の下には線路が見える。列車はゆるやかに下り始め、林と住宅の間を抜けて行く。しばらくするとはるか上方に鉄橋が見えてくる。それが、僕らがさっき通った鉄橋なのだ。螺旋を描いて高度を下げ、鉄橋を渡り始めてから10分ぐらいかかってようやく先ほど見えたレンツブルクの駅に到着する。何度乗ってもおもしろい。

エッケルンフェルデ Eckernforde
シュレスヴィヒにあるシュライというフィヨルドは、ノルウェーのような断崖絶壁を持たず、湖とかわらない。キール湾もフィヨルドだ。ところが、エッケルンフェルデはその名に反してフィヨルドではない。いまある商店街は新しくておもしろみはないが、海がとにかくきれい。ドイツには鉄道駅に近い海岸は少ない。キールも海に面しているが、港なので水はあまりきれいでない。エッケルンフェルデは、駅から徒歩5分で透明の海を見ることができる。駅の裏手には大きな湖もある。

ジルト島 Sylt
北海に突き出た島だが、いまは鉄道が通じている。列車の左右両方の窓から海が眺められておもしろい。もっとも、嵐の時は恐ろしいらしい。自動車で来たひとはニービュルで車ごと貨車に乗り、そのまま貨車に積まれた車に乗って島に渡る。ここはドイツ有数の保養地で、カンペン地区には別荘が並ぶ。土着のフリース人の文化も残っている。夏に砂浜に入るのは有料。

 

 
フーズム Husum
詩人シュトルムTheodor Stormが生まれ育ち、市長まで務めた町。駅から徒歩10分で旧市街に入る。小さな教会の前にシュトルムの生家がある。かれが後半生を送った家は博物館になっている。町外れのお城は美術館。シュトルムの像が立つお城の公園は林で、3月には数万株のクロッカスが咲いて一面赤紫色に染まる。

フリードリヒシュタット Friedrichstadt
人影の少ない無人駅を降りると、「ようこそオランダ町へ」という大きな看板に出会う。ここはかつて宗教的迫害から逃れて来たオランダ人が入植した町だが、19世紀中頃のデンマークとの戦争で徹底的に破壊された。その後の復旧でいままた静かなオランダ町に戻っている。小さな運河が数本走り、夏には遊覧船が回遊し、跳ね橋も見られる。町を一周しても2時間とかからない。

ハイデ Heide
「荒れ地」という意味だが、どことなく明るい雰囲気の小さな町だ。30分も散歩すると、もう行くところがない。でも、なぜか懐かしい思い出になりそうな町。

イツェヘー Itzehoe
昔はかなり知られた町だったが、ここもデンマーク戦争で破壊された。古い教会と近代的なショッピングセンターがうまくマッチした……というのは誉めすぎで、なんでもかんでもある町といったところ。

グリュックシュタット Glückstadt
「幸せな町」という意味。家々を見るかぎりでは、ここは絶対にデンマークだ。小さな白壁の家が並び、ガラス窓の飾りにそれぞれ工夫が凝らされている。一軒一軒のぞいているとキリがない。エルベ川に面しており、川岸からはるか彼方に見える林は、向こう岸ではなくまだ中州、というほどに川幅は広い。

 と、こんな調子で書いていたら、ユトラント半島だけで紙面が尽きてしまった。キールから東に広がる湖水地方、リューベック、メルン等も別の機会に譲らざるを得なくなった。




 前回、デンマーク国境にあるフレンスブルクとジルト島から南下し北ドイツを一周する予定だったが、キールより北で終わってしまった。今回はキールから東を紹介しよう。

プリーツ Pleetz
 キールからリューベック経由ロストック行の列車に乗る。一つ目の駅を越えると、列車は雑木林に入る。新緑の頃はじつに美しい。やがて右手に湖が見えてくる。Postseeだ。駅から左手の短い商店街を抜けると、ひょっこり湖に出る。こちらはLankersee。駅の近くは川のようだが、しだいに広くなる。それに反して、湖畔の路はしだいに細くなり、漁民の家の前で途切れてしまう。線路沿いの小路に入ると、ばったりシカに出会った。

 
プレーン Plön
 つぎの駅アッシェベルクAschebergから右手に大きな湖が見えてくる。「大プレーン湖」Grosser Ploenerseeという名の通り、この地帯で最も大きい湖だ。左手にも湖が見え、その向こうに白壁の城が見える。列車がプレーン駅に近づくと、この城が大プレーン湖畔にあることがわかる。湖に突き出た細長い半島の突端から見ると、湖面に浮かぶ城が美しい。駅から城と反対の方向に30分ほど歩くと、別の湖があり、「五湖巡り」の遊覧船に乗ることができる。遊覧船の終点はマレンテ。湖畔に遊歩道が続いている。

マレンテ Malente-Gremsmuehlen
 マレンテはドイツ有数の保養地の一つで、駅前は軽井沢のよう。湖畔にホテルやレストランが並び、湖畔のベンチは終日満席。駅の反対にまたまた別の湖ケラー湖Kellerseeがあり、これもかなり大きい。こちらは訪れる人も少なく、ひっそりとしている。

 

オイティン Eutin
 この湖水地方の最後はオイティン湖Eutinerseeで、畔に煉瓦造りの城がある。湖畔に並ぶ幹の太い並木に歴史が感じられる。坂道に続く商店街は、小さいが、趣がある。

リューベック Lübeck
 湖水地方を抜けた列車は、しばらく右に左に牧場と雑木林を交互に見るやや単調な光景のなかを走る。気をつけてみていると、野生シカが遊んでいるのが見られる。温泉町バート・シュヴァルタウを出ると、左手に教会の塔が見えてくる。トーマス・マンの生地リューベックだ。
 市街地は駅から徒歩10分ほどで、途中におとぎ話に出てくるようなホルステン門が立っている。門を抜けると運河があり、そこから坂道を上ると左手に市庁舎がある。航空写真で見ると、町は周囲を運河で囲まれているのがわかる。町から運河に下る数本の路地にはハンザ同盟都市の時代が偲ばれる古い商館が建ち並んでいる。トーマス・マンの小説の舞台として知られるブッデンブローク家はいまマン兄弟(トーマスとハインリヒ)の記念館になっている。










 リューベックは、ハンブルクに次いで日本人が多く訪れる北ドイツの町だが、最近、駅や町中でスキンヘッズをよく見かける。直接関係があるかどうか不明だが、昨年教会放火が2件あり、作家ギュンター・グラスの自宅や教会にナチの鈎十字がペンキで書かれるなど、不穏な動きがある。ある日、僕がアイスクリームを食べながら町を歩いていたら(ドイツ人はみなそうしている)、スキンヘッズが寄ってきて、「アイスなんか食いやがって」とケチをつけてきた。外国人はちょっと注意が必要だ。

ラッツェブルク Ratzeburg
 リューベックで列車を乗り換え、リューネブルク行きに乗る。一つ目の駅ラッツェブルクで降り、駅から直角に約2キロの道を行くと、島に着く。と言うと妙だが、要するに島に道路が通じていて、両側に湖を見つつ島に行き着ける。町は高台にあり、彫刻家エルンスト・バルラッハ記念館や大聖堂などがある。島そのものは静かだが、先ほどの道路が島の真ん中を通り抜けバイパスと化している。いま、道路迂回が検討されている。

メルン Mölln
 中世末期のいたずら者の代表オイレンシュピーゲルTill Eulenspiegelが最後に行き着いたところと言われ、教会の下にかれの銅像が立っている。いたずらっぽく親指を立てており、見物人がその指を握って記念撮影をするので指先だけピカピカに光っている。静かな湖があるこの小さな町で、数年前トルコ人一家が放火で殺された。被害者に小さな女の子がいて、全国で追悼・抗議デモが行われた。



ラウエンブルク Lauenburg
 19世紀までエルベ川とリューベック運河を利用する船運の中継地として栄えたが、陸上交通の時代となって取り残され寂れた。北ドイツでは珍しい木組みの家が並び、石畳とともに歴史を身体で感じることができる。厳冬期にはエルベ川の流氷を眺めることができる。

 

リューネブルク Lüneburg
 中世の石畳が残る歴史的な観光地として知られるが、最も有名なのが近郊に広がるリューネブルク・ハイデのエリカ(英語でヒース)の花の群落だ。8月下旬、一帯が薄紫に染まる。自然保護のため車両は進入禁止で、馬車か徒歩で見学する。

 

ブランケネーゼ Blankenese bei Hamburg
 ハンブルクは、市立美術館、工芸館、魚市場、市庁舎、メッセ、ブラームス記念館、無名時代のビートルズが演奏していたキャバンクラブがある歓楽街、色町、等々、観光スポットに事欠かないドイツ第3の大都会。ガイドブックにいろいろ紹介されているので、詳細は省略。僕らは地下鉄に乗って高級住宅地ブランケネーゼに向かおう。とくに何かがあるというわけでない。エルベ川を見下ろす高台に作家や芸術家などが住む「高級住宅」が建ち並ぶだけだが、ただぶらぶら歩くだけでも洒落た気分になれる。