Hagen Schulze

KLEINE DEUTSCHE GESCHICHTE

C.H.Beck



Bertelsmann Gruppe/LEXIKOTHEK Verlag
ISBN 3-570-00955-6

 東西の壁や強制収容所など、日本には無い衝撃的な被写体を追いかけて写真を撮ったりしていると、必然的に、ナチスの成立や戦争の経緯、東西の分裂の背景から対立の構図などという流れで、ドイツの近現代史には興味を持たずにはいられない。

 ナチスが何故あそこまで易々と権力を握れたのか?と来ると、ではワイマール共和国とは何だったのか、その前の大戦の背景はどうだったのか、ビスマルクの帝国樹立とはどいういうことだったのか、1848年の革命は何故必要だったのか..と、芋蔓式に遡って知りたくなる。

 そうでなくとも、ドイツの各地をドライブして教会や古い建物、博物館などで神聖ローマ帝国とか三十年戦争などのキーワードが出てくると、それを位置づけるべき歴史の流れの全体像を、大づかみにでも把握していないと、折角訪れてもジグソーパズルがはまった気がしないのだ。

 そこでやはり一度は通史を読まなくてはと思った。

 ところが、探し方が足りないのか、本当にそうなのか、大きな本屋のドイツ関連のコーナーにはいわゆる「手頃な」ドイツ通史というのが見あたらない。明治以来こんなに長いつきあいでドイツに深い関わりを持った人がごまんといるのに、「ドイツ中世の農業」とか「ナチス成立の背景」という細かい単位では、かなり深い研究著作があるのに、またハプスブルグの関連など特定の話題に限れば玉石混淆百花繚乱状態なのに...である。

 ドイツ語の本では実は Heinrich Pleticha 編集の全12巻の壮大なものを持っていたのだが、ボリュームの割には値段が200マルク前後と安かったのと、図版が多くて見るだけでも結構楽しめたのでつい衝動買いしたまでで、とても通して全部読もうという気にはなれない。

Ullstein Verlag ISBN 3-550-07824-2

 次に手に取ったのが Hellmut Diwald の Geschichte der Deutschen であった。これは前述の12巻ものよりは明らかに薄い...とは言っても750ページもある。また、倒叙法で書かれており現代からだんだん過去に遡っていく。そういう意味では自分の興味の持ち方に自然にフィットした。

 不幸であったのは、出会うのが少し早すぎたことかもしれない。この本を買った1988年当時、小生のドイツ語はとてもこれを読み通せるほどのレベルにはなかったのである。ついでに言うと、やはり750ページの本というのはベッドに仰向けに寝転がっては読めないし、出張などに持ち歩くにもちょっと重すぎた。

 三度目の駐在、今度は単身赴任で毎週末のように、旧東独地域に出かけては色々なものを見ているうちに、またムラムラと歴史のジグソーパズルをはめなければという欲求が起こってきた。折しも時は秋で、ドライブに出かけるにも、ゴルフをするにもあまり適当ではない、むしろじっくり本でも読むのがよい季節にさしかかっていた。

 そんな折り、本屋の店頭で「幸運にも」出会ったのがシュルツェの「ドイツ小史」である。

 なにより Kleine と銘打つだけあってコンパクト、260ページである。またベルリンのドイツ歴史博物館所蔵の絵画や図版を多数使用しており、見るだけで結構楽しい上に...その分文章が少ない。一日平均4ページ、160行も読めば冬の間には読破できるだろう...との思惑であった。まあ、ちょっと見積もりが甘かったが...。

C.H.Beck Verlag
ISBN 3-406-40999-7

 この本は売れているようであった。しばらく前から本屋で見かけてはいたのだが、どこの本屋に行っても結構目立つところに置いてあるし、ブームが過ぎれば消えてしまうという感じでもなくいつでも在庫が何冊か置いてあった。

 この本を読んでみようかと思ったきっかけは「薄い」という不純な動機の他に、パラパラめくったときに目についた記述であった。ドイツ人がいかにして「ドイツ人であること」を意識するようになったかということが、節目節目で書いてあるのである。

 これこそが小生の長年疑問に思っていたテーマであった。同僚のクドロフスキーやグレンコヴィッツやボイノビッチやボシュニアックが何故ヴェッツェルやシュミットやマイヤーと同じ「ドイツ人」なんだ?ドイツ人っていったいどういう定義なんだ?そもそもドイツってどこからどこまでが「固有の領土」なんだ?

 ドイツ...の語源を辿れば、上層部が使うラテン語に対しての「民衆の言葉」というような意味が有るそうで、そこから「似たような言葉を話す連中」ということでドイツの諸方言を話す地域をなんとなくひとかたまりにして呼ぶ言葉として、いわば地理的概念として成立していったらしい。神聖ローマ帝国成立期は、その領内の者は(ドイツという国がないのだから当然)「ドイツ人」という意識はなく、自分達はローマ人だと思っていたという。神聖ローマ帝国に " der deutsche Nation" がついた時も、この当時の Nation は貴族諸侯を指していたのでありドイツ国民、民族という概念ではなかった。

 いきなり端折るけれども、そういう状態から、選挙皇帝制度という類い希なる制度で安定を保っていた神聖ローマ皇帝の求心力は、徐々に弱まっていき、領土内の諸侯の勢力が相対的に強くなり三十年戦争でそれは決定的になる。

Prof.Dr.Hagen Schulze
Freie Universität Berlin

 一方でフランス、イギリス、ロシア等々周辺の中央集権国家にとっては諸国の真ん中にある地域はそうやってそこそこの規模の諸侯がバラバラでいてくれた方がなにかと都合が良いわけで、政策の基本原則はそこにあった。

 宗教戦争である筈の三十年戦争でカトリックのフランスが、新教サイドの諸侯を支援したのも然り、戦後チャーチルの言ったジョーク「私はドイツが好きだ。そいつが二つもあるなんて、なんと素晴らしいことだ」というのもおそらく然り...。

 そういった中でナポレオン戦争後、ようやくドイツにも民族意識が盛り上がり、民族国家の樹立に向けての一つの節目が1848年のパウルス教会の国民議会であり、紆余曲折有ったうえで1871年、ビスマルクによる「ドイツ」帝国の樹立となり、ここで初めて、ドイツ語を話す者達が「ドイツ」という名前の国に纏まる...たかだか100年ちょっと前の出来事である。

 しかし、それは周辺諸国の大昔からの基本原則「真ん中はバラバラであってくれた方が...」に反していたのであり、その後のドイツの経緯は、必ずしも祝福されたものではなかった。

 この本の最後の章で著者は、今回の東西ドイツの統一を次のように位置づけている。

  1.歴史上初めて、ドイツの民族国家というものが、今日の現実のものとして実現した
  2.歴史上初めて、ドイツ人は二つのものを同時に手にした。統一と自由である
  3.歴史上初めて、ドイツ人は周辺国家の反対ではなく合意に基づいて統合された
  4.歴史上初めて、ドイツの民族国家は西欧の体制にしっかりと結びついた

 ここに至って、初めて著者の意図が見えた。彼はまず最初にこの章を書いたのだ。これが、今回の東西ドイツを歴史上初めてのドイツ人にとっての真に幸せな状態の現出であるとする彼の歴史観である。このまとめを含む最終章の6ページを書くために、その幸せを感じるべきドイツ人とはいかなる過程で、いかなる環境下で成立してきたのかというのを残り200ページ余りを使って緻密にその歴史を構成して書いてある。

 この歴史観を自分としてどう評価するかというのが本質的な問題になるわけだけれど、その前に、通史というのはこうじゃなくては..という気がした。現在を歴史の中でどう位置づけて、将来の方向をプロジェクトするかというのを提示するのが歴史家の存在意義の一つとすれば、ある一人の歴史家の歴史観で過去から現在までの事象を位置づけて記述する...それが通史のひとつのあり方だろうと。

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 ベッドで寝転がって読める程度の重さだったのはよいが、読んだだけでは後に形が残らない。ふと思い立って翻訳を始めてしまったのが、2ヶ月もあれば読み切るだろうとと思った当初の見積もりと違ってしまった原因である。結局駐在員の土日仕事というチンタラペースもあって4ヶ月近くかかってしまった。それこそゴルフの出来ない冬でよかったというものである。

 翻訳に当たって、一番苦労したのが "Nation" という概念の訳である。Nationalismus というと日本語では民族主義とか国粋主義と訳される。Nationalstaat というと国民国家と訳されたり、民族国家と訳されたりする。例のNationalsozialismus となると国家社会主義となって、漢字の字面はもっともらしいけれど、それっていったい何?というのが表意文字としての漢字から伝わってこない。仕方なく「ナチズム」とする訳が出てきたりする。フランクフルト・パウルス教会のNationalversammelungは国民議会?これから国を打ち立てようとするのに、その前に国民がいては言葉の矛盾だから...やはり、民族集会か。となるとやはり「民族」という訳が一番近いのか?では Volk とはどう使い分けるのか?

 などと思うと Vereinte Nationen ( United Nations )は「国際」連合と訳されている。日本語の国際はInternational に対応する言葉ではなかったか?と...結局、日本語にはドイツ語の Nation にぴったりと対応する訳語は無いのでないかと思う。もちろん、これは別に不思議でも悪いことでも無いのだ。

 日本に帰国する直前に、インターネットで著者を検索し、メールでアポイントを取って著者に会いに行った。日本でも(あるいは日本だからか)読んで感動した本の著者にお目にかかりに行くなどという無謀なことはしたことがないのに、思えば心臓であった。途方もなく広いベルリン自由大学に着いてから目的の建物と人物を捜して構内を探索する方が、ネットでアドレスを探すのより遥かに難しかったが、運良く巡り会うことができた。写真よりはもう少し熟して見える。でも1943年生まれである。

 この、コアの問題 Nation とはどういう概念か?というのを単刀直入に聞いてみた。すると彼は「この中にあなたの疑問のかなりの部分の答えが書いてあるだろう」と言いながら "Staat und Nation in der europäischen Geschichte" という著書をくれた。残念ながら英訳版であった。生意気なようだが...こういうのはやはりドイツ語でなくては読んだ気がしない。Niedersachsen を Lower saxony と言われても気分が出ないというのもあるが、おそらく英語とドイツ語ではまた Nation という同じ綴りの言葉でも微妙にカバーする意味が違うだろうからである。

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 参考までに「ドイツ小史」の章立ては下記の通りである。

  1.ローマの帝国とドイツの地(1400年まで)
  2.勃興と没落(1400〜1648)
  3.帝国の黄昏(1648〜1806)
  4.ドイツ「民族」の誕生(1806〜1848)
  5.血と鉄(1848〜1871)
  6.ドイツの選択肢
  7.ヨーロッパ中央の民族国家(1871〜1890)
  8.内なる帝国樹立と世界勢力への夢(1890〜1914)
  9.大戦争とその戦後(1914〜1923)
  
10.ワイマールの栄光と終わり(1923〜1933)
  
11.大ドイツの狂気(1933〜1942)
  
12.ゲルマンの終焉と新たな始まり(1942〜1949)
  
13.分割された民族(1949〜1990)
  
14.エピローグ:ドイツの祖国とは何か?

 興味をもたれて原書を読まれる方は、ご連絡いただければ、つたない訳ながら拙訳(粗訳)が、若干のご参考にはなるかも知れない。なお、英語版がHarverd Press で出版予定、イタリア語も進行中とのことだが日本語訳は計画はないとのことで、出版の了解を頂いた。今世紀中に世に出せれば幸いである。