八岐大蛇退治
ヤマタノオロチタイジ
登場する神:素盞鳴尊櫛名田姫神
 さて、これも有名な話であろう。
 高天原を追放された素盞鳴尊は根の国へと下り、故郷である出雲の国へと戻った。 出雲の国の簸川(ヒノカワ=島根県の斐伊川)の上流へとさしかかったときに、とある小屋の中からすすり泣く声が聞こえてきた。 何事かと中を覗いてみると、年老いた夫婦と美しい娘が手を取り合って泣いていた。 素盞鳴尊はわけを聞いてみることにした。

 老夫婦の話によると、このあたりには首が8個もあるという八岐大蛇という魔性の蛇が住み着いているそうだ。 夫婦の名は手名椎(テナヅチ)、足名椎(アシナヅチ)といい、娘は櫛名田姫といった。 櫛名田姫は、夫婦の8番目の子であった。 八岐大蛇はたびたび人身御供を要求し、上の7人の娘はいずれも生贄となっていて、今度は櫛名田姫の番だという。
 なぜ引っ越さないのか疑問の残るところではあったが、櫛名田姫は美人、素盞鳴尊もやる気を出した。 だが相手は八岐大蛇である。 いくら暴れ者の素盞鳴尊でもまともにやったのではまず勝ち目はない。 そこで、彼はある策を用いた。 名だたる銘酒をかめに8つ分用意して、大蛇の住みかへと運んだのだ。 大蛇には生贄を喰らう前祝いとでも言っておいたのだろう。 さて、夜も更けてきた頃、素盞鳴尊は父伊邪那岐命から譲り受けた(持ち出した?)名刀十握剣を握りしめ、櫛に化身した櫛名田姫をお守りとして髪に差して、大蛇の住む洞穴へと向かった。 思った通り、大蛇の8つの首はどれもこれも酒をたらふく飲み、酔いつぶれて眠っていた。 もう勝ったも同然である。 素盞鳴尊は眠りこけている大蛇の首を片っ端から切り落とした。 さすがに酔っているとはいえ、これは痛い。 途中で目覚めた大蛇も必死の反撃を試みるが、素盞鳴尊とて並の男ではない。 日本神話上最大の凶事である天岩戸事件を引き起こした張本人である。 ぐでんぐでんに酔っぱらった蛇の敵ではなかった。

 こうして八岐大蛇はすべての首を切り落とされ、地響きを立てて大地へと転がった。 素盞鳴尊の完全勝利である。 ほっと胸をなで下ろし、その場を立ち去りかけた素盞鳴尊は、大蛇の尾からただならぬ気を感じて振り返った。 いぶかしみながら大蛇の尾に剣を振り下ろしてみると、剣は大蛇の肉を切り裂き、尾の中程で硬い衝撃と共に止まった。 その硬い何かを引っぱり出してみると、それは剣であった。 どこをどう眺め回してみても立派な名刀である。 これこそが後に天皇家の三種の神器として伝わる天叢雲剣であった。
 素盞鳴尊はその剣を姉の天照大神に送り、和解した。 さらにこの事件で助けた櫛名田姫と出雲の地で結婚し、宮を建ててそこに暮らしたという。 このときに素盞鳴尊が詠んだ歌が、「八雲立つ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を」というもので、立派な新居に妻を迎えて新しい生活を始めよう、といった新婚バリバリの気分を表している。 この歌に由来するのが島根県松江市の八重垣神社で、今日でも良縁の守護神として有名である。
 このようにして地上に住み着いた素盞鳴尊は、大国主命へと続く国津神の系譜を作り出し、舞台は天孫降臨を経て日本建国へと大きく移り変わっていくことになる。