稚産霊神
ワクムスビノカミ
別称:和久産巣日神性別:系譜:火の神迦具土埴山姫と結婚して生まれた神で、娘が豊受大神神格:五穀の神、養蚕の神神社:愛宕神社、竹駒神社、堂山王子神社、王子稲荷神社、稲生(イナリ)神社
 稚産霊神は、穀物の成育と深く関わる神さまである。名前の「ムスビ」とは、神産巣日神高御産巣日神などの名前にも見られるように、神による万物生成の力、子孫繁栄を約束する生殖力、植物を生育させる力、作物を実らせる力といった神秘的な働きを意味する。だから、穀物に関係する稚産霊神という神名が表しているのは、若々しい五穀の種が夏に立派に成育し、秋になって豊かに実るという姿である。今年の秋に実った種は、冬を越えて次の年の春になると再び若い生命力を発揮して成育するというふうにして、明日の豊穣へとつながっていく。そういう農耕のサイクルの中で、とくに稚産霊神は作物の成育を司る機能を持つものとして信仰されてきたのである。
 神話には、神の体から五穀や蚕、牛馬などが発生する(保食神大宜都比売神など)という話があるが、稚産霊神の自らの体から五穀を発生させるタイプの神である。「日本書紀」の一書によれば、伊邪那美命に致命傷の大火傷を負わせて生まれた火の神迦具土神が、その後、土の神埴山姫神を妻として生まれたのが稚産霊神であるという。禊祓の項では迦具土神は生まれてすぐに命を落とすが、これは古事記と日本書紀の記述の違いによるものである。両書は編者が正反対の立場をとっているためにこのような食い違いが少なくない。ゆえにどちらが正しいなどと判断はできぬし、むしろどちらも正しいものとしてその場その場で読み手が立場を変えていった方がより楽しめると思う。話がそれたが、さらに、その稚産霊神の頭頂に蚕と桑、臍の中に五穀が発生したとある。またもや余談になるが、この記述を読んで、臍の胡麻という言葉はこのころからあったのではないかと推測してみた。
 稚産霊神が祭神として祀られる有名な神社に京都の愛宕神社がある。この神社の若宮には迦具土神が祀られていて、そのため古くから火防せの神として庶民の信仰を集めている。しかし、そもそもこの愛宕山に祀られた神は、丹波国(京都府)を守護する地主神(愛宕山の神)であったといわれる。地主神というのは、土地の開拓の神であり、その原初的な姿は山の神である。そうしたことからいえば、愛宕神社の本宮に祀られている稚産霊神は山の神から発展した農耕神ということになる。
 農耕生活を営む人々は、いろいろな山の神の中のひとつとして、作物が成長するエネルギーに霊力を感じた。その霊力を神格化して信仰したのが稚産霊神なのである。