栲幡千々姫命
タクハタチヂヒメノミコト
別称:万畑豊秋津師比売命(ヨロズハタトヨアキツシヒメノミコト)、天万栲幡媛命(アメノヨロズタクハタヒメノミコト) 性別:系譜:高御産巣日神の娘。天忍穂耳神と結婚し天火明神邇邇芸命を生む神格:織物の神神社:塩沢神社、椿大神社、泉穴師神社
 栲幡千々姫命は、織物の神として知られている。神話では、この神についての活動は詳しく記されていないが、なぜか美人というイメージがある。一般的に女神というのは、美人とされることが多いといってしまえばそれまでだが、この神の場合でいえば、その姿は美しい織物からできている。そもそも名前からして織物から連想されたもので、栲とは白膠木(ヌルデ)のことで、これは秋の紅葉が美しいことで知られる漆科の低潅木である。幡は機織りの機のことであり、さらに千々とは縮む状態を意味する。だから、この神の名が現しているのは、織り地の縮んだ色鮮やかで美しい織物というわけである。今日では、機織りの職能神として信仰される栲幡千々姫命は、神話のなかではなかなか重要な位置にある。「日本書紀」にも、天照大神の子の天忍穂耳神高御産巣日神の子の栲幡千々姫命が結婚して、邇邇芸命が生まれたと記されている。邇邇芸命は天から地上に降る穀霊であり、その穀霊を生み出す婚姻は、若々しい稲魂を生み出し、大地を豊かにする神婚なのである。その意味で、栲幡千々姫命は、機織りという職能と同時に、多くの女性神同様に生命力の象徴、生む力への人々の崇拝を、その姿に反映していると考えられる。
 古来、機織りという仕事は女性によって行われてきた。そういう歴史的な事実のなかに、機織りの神栲幡千々姫命の発生の背景も隠されているといっていい。たとえば、民間伝承などでは、しばしば機織りの美しい乙女が異界と人間世界を媒介する存在として登場する。また、古代には村の祭りで、けがれのない乙女が神の衣をおる儀式も行われたりした。この機織りを得意とした女性は、非常に神に近い(交信することができる)存在である。ここからは容易に巫女=神聖な存在というイメージが連想される。貴重な織物は、同時に神への最高の贈物でもあり、神の衣を織る機を操る女性もまた、けがれなき存在でなければならないのである。