泣沢女神
ナキサワメノカミ
別称:哭沢女神、啼澤女神性別:系譜:伊邪那美命の死を悲しむ伊邪那岐命の涙から生まれた神神格:井泉神神社:哭沢女神社、藤並神社
 神名の「さめざめと泣く」という意味から、「泣き女」という湿っぽい異名を奉られたりする水の女神である。 もっとも、泣いたのは最愛の妻伊邪那美命を失ったことを嘆き悲しんだ伊邪那岐命であって、その涙から生まれた泣沢女神が泣き虫というわけではない。 それでも「さめざめと泣く神」と名付けられたことからすると、この神は涙の精霊ということにでもなろうか。 そう考えるとなかなかロマンチックな名前である。 流れる涙は水からの連想で、沢は「多(サワ)」のことで涙(水)が多く流れることを意味する。 それは自然世界では、泉や井戸、湖沼など水の湧き出る場所を指す。 そこから、泣沢女神は井戸神として信仰され、また、新しい生命力の源である水の霊であることから新生児を守護する神と考えられている。
 ところで、涙といえば、昔は日本でも葬儀の時に泣く儀式や、泣き専門の女性がいたそうである。 涙は人の喜怒哀楽の感情と結びつくものだが、日本人はあまり大げさな感情表現をしない民族といわれる。 実際、隣の韓国などでは肉親の葬儀の時などでは思い切り涙を流す。 もちろん、韓国ばかりでなく世界的に、日本人の感覚からすると大仰にも思える感情表現をする民族が多い。 そうした姿を見ていると一種の「泣く儀式」のようにも思えてくる。
 日本にあった泣く儀式も、そのルーツは朝鮮半島や中国から伝わったものと考えられ、葬儀の時に専門的な泣き女が雇われるという形で行われていたらしい。 泣き女の役目は、主に死者の霊魂を慰撫するというものであるが、古くは招魂(魂の呼び返し=タマフリ)の呪術を行ったものとも考えられている。 とにかく、死者の霊魂と生者との間に介在するという点で、神と人間の間を媒介する巫女的な存在であるということができる。 泣沢女神は、そうした葬送儀礼の「泣き女」の姿が神格化されたものといえるわけである。
 同様の霊としてアイルランドの死の妖精、バンシーがあげられる。 やはり泣き女の風習から人々の間に根付いてきたようで、特に由緒正しい旧家や音楽の才能のあるものの家に取り憑き、その家の者が死ぬときにキーニング(金切り声をあげて泣き叫ぶ)を行う。 特に徳の高い者が死ぬときには、何人でも現れて泣くようだ。
 泣沢女神はこのような行動をしないし、泣いたとしてももっとおしとやかに泣いてくれそうだが、同様のルーツを持つ神霊の一例として紹介してみた。

 日本の民俗信仰では、死者の霊魂は山に帰って先祖の霊となり、子孫の子供が産まれてくるときにその守護神として機能すると考えられている。 死者を慰撫する存在、あるいは魂を呼び返す呪術を駆使する泣き女の神格化である泣沢女神は、そういう祖先の霊に通じた存在ともいえるわけで、そこから、民間では新生児の守護神、生命長久の神として信仰されている。
 また、泣沢女神の神名はもともと水から連想されたものであるということは先にも紹介したが、それをうかがわせるのが「古事記」に記されている「香久山の畝尾の木の下に坐す神」という説明である。 つまり、泣沢女神というのは、奈良県の大和三山のひとつ、香久山の麓の畝傍に祀られている神だというのである。 「延喜式」神名帳にも載っている畝傍都多本神社に泣沢と呼ばれる井戸があり、それが御神体となっている。 そこから考えれば、泣沢女神の原像は、香久山の麓にこんこんと湧き出る井泉に宿る神霊ということができる。