熊野神
クマノノカミ
別称:熊野三社
・熊野本営大社=熊野座(クマノニマス)神社(和歌山県東牟婁郡本宮町)
        祭神:家都御子神(ケツミコノカミ)素盞鳴尊
・熊野速玉神社=熊野新宮(和歌山県新宮市)
        祭神:速玉男神(ハヤタマオノカミ)伊邪那岐命
・熊野那智大社=熊野夫須美神社(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)
        祭神=夫須美神(フスミノカミ)伊邪那美命
神社:熊野本宮大社、熊野速玉神社、熊野那智大社
 熊野神とは、和歌山県熊野地方の熊野本宮大社、熊野速玉神社、熊野那智大社の3社に祀られる神霊のことである。 この3つの神社は一般に熊野三社、熊野三山、あるいは三熊野(ミクマノ)などと呼ばれている。
 熊野本宮大社の祭神家都御子神は素盞鳴尊の別名で、この神は樹木神とされている。 その由来は、素盞鳴尊が多くの木種を持って天からやってきて、息子の五十猛神とその妹の大屋都姫神、ツマツヒメ神に命じて熊野の一帯に植えさせた結果、この地に樹木がよく繁殖した、という日本神話の事績にちなむものだ。 五十猛神が全国の植樹事業を終えたあとにこの地に住んだことから、古くは「木の国」と呼ばれたが、のちに改められて紀伊国になった、ということが「日本書紀」に記されている。 そういうわけで、本宮大社に祀られている神は、そもそも熊野の山や樹木の精霊との関係がうかがえる神霊なのである。
 熊野速玉大社の祭神は、伊邪那岐命伊邪那美命の子の速玉男神である。 熊野三山は、山、滝、海という自然の神秘性を背景としているが、他の2社がそれぞれ山と滝に関係する特徴を示していることからすると、速玉大社は海ということになる。 実際に、同社の神事に、神輿を船に乗せて海上を渡御し、神霊を島に渡らせるというものがある。 これはおそらく漁業守護の信仰などと深く関係する祭りであろう。 熊野系の神社のひとつに沖縄県那覇市若狭の波上宮(ナミノウエグウ)があって、祭神として伊邪那美命と共に速玉男神が祀られている。 その神徳は、大漁祈願である。 熊野とはるか南の沖縄に祀られる神霊は、母なる黒潮によって結ばれていると考えられるわけである。
 もうひとつの熊野那智大社は、古くから我が国第一の名滝として知られてきた那智の滝を御神体としている。 祭神の夫須美神は伊邪那美命とされるが、これとは別に天照大神素盞鳴尊誓約をしたときに生まれた大神の第五子、熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)ともされている。
 その那智大社のすぐとなりに、早くからの修験の道場であり、熊野山伏の本拠地として知られる青岸渡寺(セイガントジ)がある。 熊野は古くから山岳信仰の聖地とされてきたが、もともとは那智の滝の神秘性から発祥したものである。 平安時代になると密教が盛んになり、その影響で熊野の山岳信仰は修験上として興隆し、熊野山伏の拠点となった。 その熊野山伏に守られて発展した熊野三山は、朝廷の篤い崇敬を受け、第十六代仁徳天皇に始まって第九十代亀山天皇まで、多くの天皇、上皇、皇后、女院(天皇の生母や内親王)が熊野に行幸した。
 さらに鎌倉、室町時代になると、武家や庶民の間にも熊野信仰が広まった。 多くの人々が蟻の行列のように続々と熊野の聖地を訪れる様子が、「蟻の熊野詣」などといわれるくらいに熊野参詣の人気は盛んになった。 こうした人気の背景には、諸国をめぐって熊野信仰を広めた御師(オシ=御祈り師)や熊野比丘尼(ビクニ:共に固有名詞ではなく、役名)などの活動があった。 彼らは全国を歩いて信仰の組織を開拓し、熊野社、王子社に熊野三社の神霊を勧請したのである。
 那智大社に話を戻すと、当社には神武天皇東征して熊野に上陸し、皇軍が熊野の山中で道に迷ったとき、天照大神が道案内として派遣した八咫烏が祀られている。 カラスは、熊野神の使いとされるもので、熊野三山の護符である午王宝印(ゴオウホウイン)にカラスの絵が描かれている。 この護符は非常に神聖視され、誓いの文句を書く誓紙や魔除けとして使われた。 特に、この午王札の誓紙で約束し、それを破ることがあると、そのたびに熊野三山のカラスが一羽ずつ死ぬといわれたほどである。 熊野神に関しても、昔、この地に上陸したとき一羽のカラスが現れて案内をしたという伝承がある。 もしかしたら、神武天皇の八咫烏よりこちらの方が古いのかもしれない。

 説明が長くなったが、熊野の三社はそれぞれに祭神が異なる一方で、相互に祭神を勧請することによって共通性を持つようになった。 そのため、一般に三社の神霊を総称して熊野神、または熊野大神と呼んでいるのである。 熊野大神の神徳は、中世以降、国土安穏、延命長寿、無病息災の霊験ありと信じられてきた。 また、熊野神を祀る神社は全国に3000社を超え、その神徳も漁業の神として漁業関係者の信仰が篤く、そのほか開運招福、出世成功、商売繁盛、病気平癒、厄除け、盗難除け、縁結び、夫婦和合、子宝・安産など幅広い。