99.02.04

寝坊したあげく、風呂に入ったら遅刻した。
今年になって何回遅刻しないで行ったかを検討するが、覚えなし。
考えてもしょうがない。
店長がたまりかねて何か言ってきたらなんとかしよう。

10分遅れで店に着くと、もうAさんがいた。
なんてこった。
前言撤回。
スードラの下のバリアだと言われたも同然の仕打ちを受け、
明日は遅刻しない決意を固める。

掃除をする。
ただ1人で動き回るだけなので、事件が起きようはずもない。
普通は。
今日は普通だったらしい。
何事もなく終わってレジにはいる。

Aさんが結構買い込んだおばさん相手に袋詰めで手こずっているので、レジ打ちの救援に行く。
小計は出してあったので、預り金を打ち込んで、お釣りを渡す。
金額は忘れたが、「??円のお返しです。」と言ってお釣りを渡そうとしたら、
「は?」と言われた。
「??円のお釣りです。」と言い直しても、
「は?」と来た。
隣でAさんがうつむいている。
どうせ笑っているんだろう。
スプーンとか箸とかを使うかという質問に対して無防備な客は結構いるが、
お釣りに対して心の準備をしてないやつは初めてだ。
「お釣りですよ。」と言って、目の前につきだしてやると、むんずとつかんで去っていった。
Aさんがにやにやしながら俺の方を見ているが、俺は別に変わったことをした訳じゃない。
そんな目で見ないでくれ。

夜に備えて中華まんを仕込んでいる最中に、
什器の裏に仕込み時間を書くためのペンのインクが切れているのを発見する。
Aさんにそういったら、新しいやつを出してきた。
さらに、古いペンの尻に輪ゴムで止めてあった消しゴム用ティッシュもぼろぼろになっている。
それに気づいたAさんは、新しいティッシュを取り出して、
「もう慣れたよ。」と言って丸め始めた。
うちの店のこういうこまこました仕事は、すべて副店長であるAさんがやる。
好きでやってるんだから別にいいけど。
今日は、趣を変えようと思ったのか、しばらくAさんはペンを見つめ、
「よし。」と言って、尻にティッシュをでっかく丸めてつけ始めた。
できたのはてるてるぼうずにも似た物体。
何か言ってやろうと思ったが、Aさんの満足そうな顔を見て断念。
まあ、使いにくいのは間違いない。

やることが特にないのでぼーっとする。
Aさんが隣でぐずぐず鼻をすすり上げているので、
「風邪?」と聞いたら、「いや。」と言われた。
それだけか?
じゃあさっきのはなんだ。
いいわけしてみろ。
と思ったが、どうせ無駄なので言うのはやめた。

そういえば、あの忌まわしいポイントカードが1月いっぱいで終わったんだ。
一応10日までポイントの還元はやるらしいが。
25ポイントでジュース1本と取り替えてやるそうだ。
300ポイントためて1000円分の商品券をもらうよりもずっと割がいいと思うのは俺だけか?

で、その取り替えた本数を日付ごとに正の時で書いておくらしい。
早速取り替える客が来た。
取り替えてやって、Aさんが正の字を書くのをみていると、
「昨日が3月で、今日が4月。」
とか言って4月と書いている。
ちょっと待て。
そんなバカな。
よく考えると、今日は4日だ。
おとなしくそう書けばいいのに。
確かに字は似てるけどさあ。
しかも音読するか?
もうだめだ。意味が分からない。

この間発売のビターチョコまんの下についている紙にハートマークが敷き詰められているのに気づく。
もしかしてバレンタインを意識してるのか?
ムリだぞ。はっきり言って。
俺はもらっても嬉しくない。
Aさんはどうなんだろうと思ってもらったらどうするか訊いてみる。
その瞬間、Aさんの思考はさらに先に飛んでいった。
「え、それじゃあホワイトデーはなに返そう?ピザまん?カレー?」
とか言って悩んでいる。
ついていける人材が欲しい。
俺が黙ってしまったので会話はとぎれた。

しばらくして、Aさんが、鼻をかむと血が出て困ると言ってきた。
俺はそんな状態がよくあるから気にしてないけど。
さっきの復讐は今しかないと思って、「それはハナ癌だ。」と言ってやる。
ちょっとは意味分からないことを言われて困ってみろ。
が。
Aさんは、「壮絶!!ハナ癌死!!!」とか言っている。
やはり勝てない。
俺の完敗だ。

疲れきった俺は、サ●クス放送の、
『バレンタインに好きな人へのメッセージとして聴かせたい曲ベスト10』という
長い特集に追い打ちをかけられ、休憩室へと沈んだ。

そのあとは、Aさんも疲れてきたのか、たいしたことは起こらない。
Aさんが疲れると俺は疲れなくなる。
皮肉なものだ。

2度目の休憩を取る。

帰ってきてから、自分の腕が、乾燥したのか白く細かくひび割れてカサカサになっているのに気づく。
「なんだこれ?」と言って、Aさんに見せたのが間違いだった。
たちまち、「ウデ癌だ。」と烙印を押され、
さらには、「いや、ワン癌だ。」と言われた。
腕という字は確かにワンと読むが。
なにが言いたいんだ?
「車に乗ってるとかかるんだ。俺、湾岸だぜ。ってカンジで。」
とか言っている。
どうせ頭文字Dとかに影響されたんだろう。
限界を迎えた俺は、Aさんを休憩室に押し込んで身の安全を確保した。

Aさんがいない間に、知らないおじさんがやってくる。
648円の買い物をして、レジに550円を置き、
「2円ここに入れといて。」と言って、ユニセフを指さしてから歩き出した。
俺は3秒間ストップして考える。
これは足りないって言うんじゃないだろうか。
ドアを開けようとしていたおじさんを呼び止め、「100円・・・・・。」とか言ってしまった。
もうちょっと言い方があるんじゃないか?
俺が自分でつっこんでいる間におじさんは戻ってきて、
「ごめんごめん。」と言いながら100円を加えていった。
彼の遺言通り、2円を募金箱に入れてやる。
俺が止まるのにはわけがある。
お釣りを募金しろと言って素早く立ち去るやつも、出した金が足りないやつも実は結構いる。
が、両方をミックスしたやつは初めてだ。
人間誰でも、新たなパターンを認識するのには時間がかかるものだ。
変なやつでも、何回か来れば対処はできる。
だから、突然の新パターンの出現で止まってしまうのはしょうがない。
そんな風に自分にいいわけをしていたら、Aさんが戻ってくる。
それでやっと22時が近づいていることに気づいた。

点検を済ませ、Tくんを待つ。
22時3分前にTくんが来る。
Aさんは、「いつも早いねえ。」と言って感心している。
俺もすごいと思ったのでそう言ってやったら、
Tくんは俺たちを珍獣を見る目で見て、「そうっすか?」と言って入っていった。
その点でおれとAさんは最低のコンビだからな。
Tくんも時が経てばこうなるに違いない。
確信を抱きつつ仕事終わる。
外は寒い。
暖かくして帰ろう。

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