四郎兵衛 旦那、最近はずっとお一人のようですが、その後、姉さんからは何か。
家守 姉さんって、ああ、あいつのことか。あれからというもの、こっちからは連絡していないし、向こうからもないので、音信不通状態ではあるんだよね。おっと、待った。うわさをすれば影とか、向こうから来たよ。
初美 あら、たまにはいるんだ、家守君。それにこの前の会所の方も。次にどこかへ行く予定はないの。例えば成田とか。
家守 新勝寺かい。予定はないよ。
初美 あら、そうなの。成田だったら、栄町とか吉原とか、はたまた、五反田、歌舞伎町、池袋、巣鴨、少し横道に反れたら大宮だって、もう少し足を延ばしたら仙台もあるじゃない。それなのに何でいるのよ。
家守 今の地名は何つながりかわからないんだけど、おいらはこの長屋の家守だから、そう遠出はできないんだよ。
初美 はあ? とか言いながら遠出したのは、家守君、あなただったでしょう。
家守 ちょっと待って。いろんな関係性がこんがらかって、こっちは混線、あっちは断線、それで……。
初美 まあいい。しばらく出かける予定はないのね。
家守 うん。
初美 そうなんだ。それにしても、あなた、自分一人でやろうと思ったらできるじゃない。長屋の家守、時間はたっぷりあるんでしょう。しばらく一人でやっていなさいよ。
家守 神の田艸のこと? でも、神の田艸みたいなやり方は結構きついんだよね。というのは、「茶臼」や「芋田楽」などの項は全体が一つのテーマであるのに対し、神の田艸の場合は一つの句が一つのテーマであって相互に関連性がないから、それだけを調べるのにも意外と時間がかかるんだよ。
初美 それはあなたがそんなやり方で始めたからでしょう。自業自得よ。では、次も自分一人でやりなさい。私は帰る。
家守 え、ちょっと待ってよ。
初美 待ちません。
家守 えっと、あ、行っちゃった。
四郎兵衛 旦那、姉さんはまだ相当、ご機嫌が斜めのようですね。それともあっしでよけりゃ相手をしますが。
家守 うーん、野郎同士の下ネタ談義は品がなくなりそうだからなあ、やめといたほうがいいと思うんだよね。
四郎兵衛 破礼句にそもそも品などありゃしないと思いやすが。
家守 うう。それはそうなんだけど、また、一人でやれってか。こんなのが続くのは結構しんどいんだよね。しようがない。会所でお茶を飲ませてくれるかい。どうすべいか、そこで少し考えるとしよう。
11 神の田艸3 道鏡に崩御/\と詔り
さて、それではということで、神田組連の句集「誹風神の田艸昌湯樽」は四会目以外にも破礼句が載っているので、今回は四会目以外から破礼句を幾つか取り上げることにしよう。
道鏡に崩御/\と詔り 御茶ノ水 気儘 神田艸初7
意図的に出しているわけではないのだが、また、道鏡である。道鏡の相手は女帝の称徳天皇だから、絶頂のときは「死ぬ、死ぬ」などと庶民のようなことは言わず、「崩御、崩御」と詔をしたに違いないと、一種、言葉遊びのように作者はおもしろがっているのだろう。
そこで、この項では嬌声の句を幾つか集めてみた。
あれさもう涅槃に入ると耶輸陀羅女 (出典未考)
耶輸陀羅(やしゅだら)は釈尊出家前の妃。仏教だから入滅、つまり、涅槃に入ると表現した。こちらも表題句と構造的には同じ句である。
あれさモウ牛の角文字ゆがみ文字 八三47
「牛の角文字ゆがみ文字」は、『徒然草』62段にある、
「延政門院幼くおはしましける時院へ參る人に御言づてとて申させ給ひける御歌。
ふたつ文字牛の角文字直ぐな文字ゆがみもじとぞ君はおぼゆる
恋しく思ひ參らせ給ふとなり」
のエピソードによっている。
「ふたつ文字」は「こ」、「牛の角文字」は「い」、「直ぐな文字」は「し」、「ゆがみ文字」は「く」。幼少の延政門院が父の後嵯峨天皇を恋しく慕って詠んだ歌と紹介されている。
としま白酒死ますの聲を出し 七九32
あまり年齢で区切れるものでもないが、10代中盤ぐらいから嫁ぐことの多い江戸時代にあっては年増といえば20代、中年増は20代後半、さらにそれ以上の30代以降が大年増といったところか。
この句の「としま」は年増と豊島屋をかけているのだろう。豊島屋は神田にあった酒屋で、2月25日に売り出した白酒が大層評判であったという。また、白酒は白濁した愛液のことでもある。もしかしたら「湯ぼぼ酒まら」という巷説も、この句の作者は観念しているのかもしれない。「湯ぼぼ酒まら」とは、湯上りの適度にほぐれた女と酒を飲んで適度に長もちする男はどちらもいいものだということ。年増ともなれば男性経験もそれなりに積んでいるだろうから、性行為の最中に、死んじゃうとか、いっちゃうとか、このような嬌声も自然と出てしまうのだろう。
死にますといふのは女房の夜病也 八一37
死にますといふはいきます時の事
八〇31
死ぬ/\と泣て嬉敷床のうみ 八〇33
死にますといつて女房は泣きますよ (出典未考)
いずれも庶民女性あるいは女房の嬌声の句である。3句めの「床のうみ」は布団が愛液まみれか、激しい潮吹きで濡れまくった状態を表現しているのだろう。
死にますよ十万億を/\なり 一一五21
現世から極楽浄土に至るまでに十万億土の仏国土が広がっているという。「億を億をなり」は「奥を奥をなり」なのかもしれない。とすれば、十万億土の奥へ奥へと突き進んで目指す極楽浄土、つまり、クライマックスへと向かっているということになる。
死にんしやうよとむす子めうりに叶ひ 二二12
死んすが息子病み付く初め也
六七16
「死にんしょうよ」「死にんす」は吉原の遊女たちのさとことば、つまり、見世の中で使っていた言葉である。女郎は地方出身者が多く、国のまなりを消すためにさとことばを使ったともいう。「死にます」とか「一緒にいって」と女郎に懇願され、それが本心なのか、あるいは手練手管でもあろうが、かくして金持ちの家のぼんぼん息子は吉原に入り浸り始める。
よふざんすわなに息子ハ引ツかゝり イヽタ丁 神田艸二4
というわけである。
鉄炮が悪くあたつて鼻が落チ (長者丁) (瓠重) 神田艸初9
鉄砲とは、吉原の北と南の塀のへりにあった浄念河岸と羅生門河岸にあった見世のこと。ここは、吉原の最下層の女郎がいて梅毒に罹患したものも多く、そのため、客の男は梅毒に当たることもあるので鉄砲見世とも呼ばれていた。また、市井の夜鷹などの下層岡場所も作者は念頭に置いているのかもしれないが、表題句は、その鉄砲河岸の女郎を買ったところが運悪く梅毒を移されてしまい、数十年後に鼻の骨が落ちてしまったという句である。
鉄砲見世は、線香を3分の1か、4分の1に折り、燃え尽きるのを一切り100文で料金にしたことから、ここは切り見世ともいう。1両を6000文、現在の価値で10〜20万円とすると、100文は1600円から3200円程度後になろうか。ただでも短く折った線香なのに、しかも深く刺すから一切りは10分程度であったらしい。それで済んでしまう男もいるだろうが、吉原だと男に酒を勧めたりすることもあり、多くは二切り、三切りと続き、一切りで終わりではなかったようだ。ちなみに夜鷹は一回24文が相場である。
へのこをわるく繕うと鼻が落 筥四14
鉄砲の疵年を経て鼻へ抜け 二七7
切り見世に目のないやつは鼻がなし 六八25
せめて鼻ならバまだしもへのこ落ち
筥二6
一時の衝動に駆られて安物を買うと銭ばかりか鼻をも失ってしまう。へのこが落ちるとは寡聞にして知らないが、でも、その一時の衝動が抑えられないんだよな。だから、煩悩の犬なんだけど。
世間ンにはまゝ有ル事と養母言イ (スカモ) 柳雨 神田艸初12
若い男を養子に迎えた養母があまり世間を知らない養子に向かって、「こんなことも世間には間々あることなんだよ」と言い寄り込もうとしている芋田楽の図。芋田楽については既に項目があるので、詳しくはそちらを参照していただきたいが、ここではその項で取り上げなかった句を幾つか紹介することにしよう。
養母孝行竹の子より松茸 一〇八33
「竹の子」は二十四孝の一人、孟宗が寒中に竹の子を掘って親に差し出した孝行の故事を踏まえているが、養母には竹の子より松茸(へのこ)孝行のほうだろうというのである。
此儀斗リは御用捨と養子いい 末四15 この儀ばかりはご容赦と養子いい
養母に恥をかゝせたでやかましい 一九ス12
ただ、養母の言うことに従って松茸孝行していれば問題はないが、1句めの「この儀ばかりは」のように拒否すると2句めのようにややこしいことになる。
養子にもしろ娘だとかげでいひ 八21
一方、こちらの句は、養女に迎えた娘に手を出したのかと尋ねられ、養女だからとはいえ娘だ、ばかを言うなとたしなめている。
容顔ン美麗そこでたれ爰で垂レ (スカモ) 柳雨 神田艸初12
宝暦から文化(1751〜1818)のころ、職業的な妾の中で半年とか1年とか、妾奉公を務めながらころ合いを見てわざと寝小便をして暇をもらい、支度金をかすめとる妾がいた。これを小便組と呼んでいる。
小へんのくせに容顔びれいなり 拾二16
御妾のおつなやまいは寐しやうべん
末初4オ お妾のおつな病は寝小便
御めかけハまづ火いぢりをことハられ 拾二13
雪隠で斗リたれるといゝ女 末四17
小便をするは下妾のわるいやつ
六六20
大名や旗本などが抱える側室の妾は美人というのが川柳のお約束事項。3句めは夜、火いじりをすると寝小便をするという俗説を踏まえたもので、この句の武士は既に小便組にやられたことがあるので、次に雇った妾に対して最初に火いじりはするなと釘を刺したのである。
妾の支度金は、妾を雇う旗本などの気持ち次第だから幾らでもいいのだが、江戸時代の書物に200両と出てくるものがある。1両は10万円から20万円程度だから200両は2000万円から4000万円となる。
爰で三両かしこで五両取てたれ 三九24
「爰」は「ここ」。
この3両や5両は支度金以外の年間の給金。
以下、メモ的に。
おてんばのよしなよの字を下へ置キ (スルカタイ) 東賀 神田艸初19
「よしな」の「よ」の字をうっちゃるお転婆娘。
気はうしなつたが仙人おやしてる 四ツ谷坂丁 斗丸 神田艸初23
今昔物語第11巻第24に出てくる久米仙人。空を飛んでいたところ、裾をはだけて川で洗濯する女のふくらはぎを見て興奮、神通力を失って女のそばに落下。
石を見てへのこのおゑる鶴ケ岡 (空欄ママ) 木子 神田艸初24
鎌倉・鶴岡八幡宮にある通称・政子石(姫石)。源頼朝が妻・北条政子の安産祈願のために奉納したとの説。丸い石の中央に筋が入っていて、それが女性器を連想させるらしい。「鶴」は原文では雨冠に鶴。
むきだしに名所を見せる鶴ケ岡 八〇24
組打の傳書も見へる具足櫃 (城州淀) 黒面 神田艸初42
具足櫃(ぐそくびつ)は甲冑などをおさめておく櫃(入れ物)。そこにはまじないとして枕絵を入れておく習慣があった。組打(くみうち)は男女取っ組み合いの枕絵。
鳳凰の夜啼で内は繁昌し ハルキ丁 梅鳥 神田艸二3
鳳凰は吉原で最高職女郎のこと、いわゆる昼三、見世の格によっては入り山形の二つ星。見世のトップ女郎が夜啼(よなき)、つまり、あえぎ声を上げているのだから下々の女郎も同様、見世は繁盛すると。
行ウ水イでざんすが浅黄解せぬ也 (御タンス丁) 琴我 神田艸二5
通と半可通。吉原の女郎がきょうはあいにく月のものでと、暗にほのめかして行水と言った意味が解せない浅黄裏を着た田舎侍。浅黄イコール半可通が川柳の約束事。
行水にこりて淺黄は釜を買ひ 八三58
浅黄に関してはいずれ一項目を立てる予定。