『二十歳の絆 〜Sign〜』

99.1.17 UP


 赤いBMWが、派手なブレーキ音を立てて校門の前に止まった。
「もう、何やってんのよ!もっと上手に止めらんないの!?」
大きく開いた助手席のドアから、怒鳴り声と共に7センチヒールのサンダルがアスファルトに降り立った。
胸元の大きく開いたシャツ、ミニスカートから覗く形の良い素脚。きれいにマニキュアの塗られた指先がハンドバッグを掴み、乱暴にドアを閉める。
「梁井くんはそこで待っててね!!」
「おーい、待ってよアスカちゃん。そりゃないだろ」
「うっさい!待ってて言ったら待ってるの!!」
BMWをさっさと後にし、紅い口紅を引いた唇をきゅっと結んで、惣流アスカはカツカツとヒールを鳴らしながら校舎へと向かっていった。


「話って、何」
午後の授業が始まり、学生食堂は一時の賑わいから解放され、落ち着きを取り戻していた。
レイは食事を済ませ、シンジが買ってきた缶コーヒーを飲みながら彼と向かい合って座っていた。
「うん、実はさあ…」
と話しかけて、シンジは背後から突然立ち昇った怒声に続きを遮られてしまった。
「碇シンジ、どこにいるのよぉ!返事なさーい!」
驚いて入り口のほうへ振り返ると、女子学生が一人、仁王立ちで声を張り上げていた。
「あーっ、バカシンジ!ここにいたのね。何で携帯切ってんのよ。おかげで探し回っちゃったじゃない」
その人物はシンジ達を見つけると、ものすごい勢いで周囲を蹴散らしこちらへ駆けてきた。
「……え?…ア、アスカ?」
咄嗟に分からなかったのも無理はない。アスカはその長い髪をばっさりとショートカットにしていた。
「なによぉ、そのバカ面は!アンタ、アタシの顔忘れたとでも?」
ギロリと睨みつけるアスカに、シンジはしどろもどろに答える。
「え、だ、だって、アスカ髪の毛切ってるんだもん。この間まで長かったから……」
「変、だとでも言うのかしら?」
「い!や、ううん、そんな事ないよ!あ、お、お、大人っぽくなったかな…なんて」
「そーお、やっぱり?このアスカ様の魅力が倍増でしょ」
あはは、と引きつった笑いで返すシンジ。そのやり取りを、無表情で見つめるレイ。
いままでと変わらない、3人の光景だ。
「久しぶりね、優等生」
「そうね」
食堂にいる皆は3人の姿を、正確にはアスカを、遠巻きに見つめている。アスカはどこにいっても人目を引いてしまう。彼女は間違いなく魅力的な女性だった。
「アスカ、どうして急に大学なんかに?」
シンジが聞くと、アスカは今にも掴みかかりそうな勢いでシンジに言った。
「あんたバァカ?!シンジがいっっつまでも今度の同窓会の返事よこさないから、わざわざアタシが出向いてやってんでしょう!?もうヒカリが遅い遅いって、幹事なんだからってうるさくってかなわないわよ」
「あ、いや、そうだった。今から綾波に言おうと思ってさ」
「同窓会?」
レイがシンジに尋ねると、横からアスカが答えた。
「そうよ、中学の時の連中でやろうって、1ヶ月くらい前から計画してるのよ。今回はこのアタシとバカシンジが幹事なんだもん。まったく世話が焼けるったらないわ」
「中学の友達なら、つい一週間前も、それから今日もこうして会っているわ。何故同窓会なんて開くの?」
「いいの!二十歳記念同窓会なんだから、特別なのよ!どーしてあんたっていつもそうなのかしら!レイ!!」
ぷりぷりと怒るアスカに、手を合わせて謝ってみせるシンジ。
「ごめんよ、アスカ。僕が悪かった、とにかく僕が悪かったから、ね?」
アスカは仕方ない、今回だけよ、といった表情を作った。
「じゃ、優等生も来るわね、同窓会」
「かまわないわ」
「オッケ、これで全員の返事がそろったわ。シンジ、後で電話するからね。携帯の電源入れときなさいよ。それじゃね」
アスカは来たときと同じく、勢いよく帰っていった。その後ろ姿を多くの視線が追っていく。
「まったくアスカってば・……」
シンジは大きくため息をついて、それを合図に二人は席に座りなおした。
「話って、今の事?」
レイが尋ねる。
「うん、それとさ、あともうひとつ……」
そう言いながら、シンジはズボンのポケットから紙片を2枚取り出してテーブルの上に広げた。
「これ……」
「この前、見たいって言ってただろう?たまたま、バイト先で2枚くれてさ。良かったら、いや良かったらでいいんだけどさ、見に行かない?」
たまたま、に力を込めて言った後、緊張しながらシンジは返事を待った。
「…ありがとう」
こっくりと頷いて、レイはチケットを手に取った。


 街中を疾走するBMWの助手席で、アスカは黙りこくって窓の外を見ていた。
「アスカちゃん、なんか怒ってる?」
運転している男が尋ねる。
「何でもない」
「ほんとう?」
「もう、梁井くんには関係ないでしょ」
男は肩をすくめて、大げさに嘆いて見せる。
「アスカちゃんてば冷たいなぁ。こんなとこまで車で送らせといて、それはないだろう」
「アッシーでいいって言ったの、梁井くんじゃん」
そうだっけ、と笑って舌を出す。
「でも、髪の毛ばっさりやっちゃったね。前のヘアスタイルも良かったけどな。もしかして、失恋でもしたのかな」
だったら僕が慰めてあげる、という男を無視して、アスカは窓の外を見てつぶやいた。
「女が髪を切るのは、失恋のときだけじゃないのよ」




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