J/
さあ、待ちに待ったジーン・ハックマンの新作『ニューオリンズ・トライアル』だね。ジーン・ハックマンはジョン・グリシャム原作の映
画はこれが3本目ということで、また随分と縁があるんだね。
B/
私はそこが不安でもあったのだけれどもね。だって『チェンバー/凍った絆』は死刑囚の役で差別主義者、『ザ・ファーム/法律事務所』は
トム・クルーズの惹き立て役で挙句の果てに風呂場ですべってあっけなく死んでしまって、彼の汚点になっているし…。
J/
ハハハハッそれはいくらなんでもひどいよね。それで恐る恐る聞きたいのだけれど、今回はどうだった?またしても悪役ではあるんだけれ
ども。
B/
ハックマンファンとしては、120点の満足度だったわね。申し訳ないけれどダスティン・ホフマンの影の薄かったこと。そりゃもちろん
若い頃いっしょに暮らしていたこともあるこのふたり、初めての共演とあれば、もうちょっとふたりのせめぎあいみたいなのが観たかった
ことは確かよ。でも唯一のふたりだけのシーンで私は思わず「うちの人は勝った」不謹慎かもしれないけれど、つぶやいてしまった。オホ
ホッ
J/
やっぱりただダスティン・ホフマンは損な役と言えば、損な役だよね。この役ふたりが反対だったらどうだったのかな?
B/
ダスティン・ホフマンの悪役っていうのは実はそんなに想像できないのね。この映画のハックマンは冷酷な陪審コンサルタント。まさに悪
役。でも反対に『訴訟』という作品では、大企業に挑戦する一匹狼の正義の弁護士を演じたこともあるのね。どんな役でも、期待以上に演
じられる主役も脇役も張れるハックマンみたいな俳優さんは、今のハリウッドではなかなかいないってことなのね。
J/
この映画が非常に焦点を絞りにくいのは、実は主役はハックマンでもダスティン・ホフマンでもなくてジョン・キューザックなんだよね。
そしてその主役の行動がこの映画最大の謎となっているっていうのが非常に具合が悪い。どこにも感情移入ができないんだな。小説として
はそれでも良かったのだろうけれども、映画としてはね。
B/
『ミスティック・リバー』がその点は上手でね。普通は刑事であるケビン・ベーコンの視点でっていくところ、そうはせず、登場人物それ
ぞれに謎の部分を持たせながら最後まで見せていくところ、技が光っていただけにねぇ。
J/
確かに。主人公が謎の人物であっても、映画は見せることができるのだね。『ミスティック・リバー』はミステリーの形をした人間ドラマ
として作ったのに対し、『ニューオリンズ・トライアル』はどうもその辺が中途半端なのかもしれないな。社会派のようでそうでもな
く、ミステリーのようでそうでもなく、ドラマのようでそうでもなくという風にね。小説の映画化の「お手本」と「失敗例」みたいなかん
じになっちゃったかな(笑)
B/
冒頭のシーンはなかなか面白いのにね。ジーン・ハックマンがタクシーに乗って運転手さんの境遇を車の中の小物だけをヒントに次から次
へと言い当てちゃうところ。それは一種陪審コンサルタントとしての職業病みたいなものなのかもしれないけれど、もうそれだけで彼が
どんな人物なのかがわかっちゃう。
J/
どんな仕事かがよくわかるよね。それと仕事人間って感じがよく出ている。その後彼は遅刻しているスタッフを即首にしてしまうわけで、
プロ意識が強いというだけでなく、神経質で冷酷さも持っているというのがわかるんだね。
B/
容赦ない。人の弱みにどんどん入っててくるような男。それでそれを仕事だと割り切れる男。ただ彼なりの哲学なり美学なりはちゃんと
持っているのね。愚かな民衆というのを馬鹿にしている。そうしてその民衆を基盤にした制度自体を馬鹿にしている。「アメリカの理想」
の胡散臭さを知り、それに背を向けて生きているみたいなね。ジーン・ハックマンがやると悪役が単なる悪役とはならず、こういったとこ
ろに膨らみが出てくるのね。実は主役以上に興味深い人物だったりしてしまう。
J/
陪審コンサルタントという職業自体もとっても興味深いよね。確かに不適格なので陪審員を取り替えようっていう場面は何かの映画で観た
ことはあったけれども、自分に有利に働くように徹底的に人物を分析する専門家までいるなんて…いかにもアメリカという気もするけれど、
ただただ驚かされてしまうね。
B/
あれでは裁判がまるで茶番になっしまうわよね。もう弁論に入る前から判決は決まってしまうようなもので。
J/
元々陪審員の制度自体、問題がないわけじゃなかったよね。彼らは法律の専門家ではないから、どうしても政治家をその人の顔やスタイル
イメージで選んでしまうように、信頼感を与える弁護士が受けがいいし、また政治家の選挙演説じゃないけれど、主張点を物語のように説
明できる弁護士は信頼されてしまう。そんな傾向はある。
B/
ダスティン・ホフマンが映画の中でいつも自分のイメージにこだわっていたのもそんなところからきているのね。自分はあなたたちと同じ
ように金持ちではなく、庶民の見方なんですよというのを強調している。実際は彼の背景は映画の中ではほとんど描かれていないのだけれ
ど、すぐ大金が用意できる大きな弁護士事務所に勤めていることなど少ない場面から想像するに、庶民ではない。
J/
ジーン・ハックマンの陣営が、専門的技術で勝負するのに対して、ダスティン・ホフマン側はある意味古いやり方、イメージや情緒に訴え
られる話術とかで勝負しようとしているんだね。そういう意味ではどちらもアメリカの陪審員制度だからこそ出てきた戦略家ではあるの
だね。
B/
そうなのね。やっぱりこの映画はこのふたりを軸に動いて、さらに彼らをかき乱す謎の男女という構図で進んでいけばより面白かったので
はないかしら。プロふたりを翻弄する謎の素人たち。その攻めぎあい。
J/
ダスティン・ホフマンの側がただ単に「正義」のために闘う古いタイプの弁護士ということになってしまっていたのだけれども、そんな
単純なものではないはずなんだね。出演シーンはハックマンと同じくらいあるのに彼の役がやけに影が薄い。彼が悪いというよりも脚本
のバランスの悪さのような気がするのだけれどもね。
B/
陪審コンサルタントの仕掛けの面白さにどうしても目がむいてしまう。電話の盗聴、盗撮、聞き込み、家の中への不法侵入、ありとあらゆ
る手段で、陪審員候補者の考えていること、それを明かにしていく。面白いからそれはそれで仕方のないことではあるのだけれど。
J/
しかし、実際こういう職業ってあるのかね。陪審員制度の根幹を揺るがすほど問題ありな職業だけれども…。
B/
あるのじゃないかしらね。このあいだ「60ミニッツ」でやっていたけれども、麻薬捜査の裁判で無罪の人たちが次々有罪になってしまっ
た事件。犯人にされてしまったのはみんな黒人ばかりで、かつ陪審員は裕福な白人ばかりが選ばれていたっていうのね。
J/
ロドニー・キング事件(交通違反を犯した黒人ドライバーを車から引きずり出して殴る蹴るの暴行を加えた警官たちが、その一部始終をビ
デオに撮影されてしまった事件)ではリタイアしたポリスマンがたくさん住んでいる地域で裁判が行われ、警官に好意的な人間が陪審員と
して選ばれたそうだしね。確かにそういう職業があっても不思議ではないね。
B/
けれどもこの映画で絶対にそれは有り得ないと思ったのは、陪審員に選ばれたジョン・キューザックがホテルに缶詰になるのだけれども、
いとも簡単に抜け出してジーン・ハックマンに会いに行ってしまうところ。
J/
うんあれは嘘っぽいね。あれでは裏工作がなんでもできるということになってしまう。発覚すればもちろん陪審員は首になるのだろうけれ
ども。でももっときちっとしているはずだよね。そうじゃないと制度自体が破綻してしまうように思うな。
B/
実際のところは、ホテルに閉じ込められ、生活の仕方まで指示されるそうよ。ホテルの部屋で電話する時も、横に監視員がいないとかけら
ないし、新聞は読めないし、他の陪審員と裁判について話したらいけない。部屋や廊下の天井にはカメラが取り付けられ、廊下の端に監視
員がいて常時、監視しているそうよ。会語だってすべて聞かれていてまるで囚人のような気分になってくるとか。
J/
それじゃこんな映画のようなことは有り得ないね。
B/
これは陪審員になった人へのインタビュー記事に書いてあったことだから間違いないと思うわよ。
J/
映画ってやっぱりそうした決定的な嘘があると、どこまでが本当なのか疑いたくなってくるよね。せっかくの興味深い陪審コンサルタント
もほとんどが嘘なのじゃないかって気がしてくる。こうなると途端に白けてきちゃうよね。
B/
もちろん映画なのだから本当らしい嘘というのはあっていいと思うのね。でもこんな素人が見てもヘンなのじゃないかっていう嘘はやっぱ
りダメだと思うのね。ましてや社会派っぽい映画ではなおさらのことにね。
J/
なんだか余計がっかりしてくるね。
B/
ただこの映画、原作では被告は「銃器メーカー」ではなくて「煙草メーカー」となっていたそうなのね。ダスティン・ホフマンがその辺の
アイデアを出したという話もあるのだけれど、これはこれでタイムリーでかえって面白かったのね。
J/
昨年は『ボーリング・フォー・コロンバイン』があったしね。今年は他にもコロンバイン高校の銃撃事件をドラマにした『エレファント』
が公開を控えているね。昨年のカンヌ映画祭パルム・ドール受賞作だよね。やっぱりアメリカで銃に対しての問題意識が高まっているこ
との表れかもしれないね。
B/
煙草産業の話といえば『インサイダー』が1999年に作られているからというのもあると思うのね。同じじゃ芸がない。それとこの原作
「陪審評決」は1996年に発表された作品なのね。その時には確かに煙草産業というのはタイムリーではあったけれども…
J/
実は1999年にはまさに『ニューオリンズ・トライアル』を自でいくかのようにコルト社が敗訴をしているんだね。これは僕たちにも馴
染み深い事件で…というのも、日本人が起こした裁判なんだね。米留学中だった子がハロウィンに撃たれて亡くなったっていうの覚えているでしょ。あ
のお父さんらが起こした裁判だったんだ。ニューヨークの連邦地裁で「メーカーにも責任がある」ってはっきりとした評決が出た。映画
はそのあたりの時代背景をやっぱり反映しているんじゃないかな。
B/
映画の中で「心臓病で死んだのはハンバーガーを食べ過ぎたからだってハンバーガーメーカーを訴えたりするのとこれは同じだ」っていう
反論が被告側から出ているのだけれども、これもアメリカの訴訟社会の現状だし、病的だと思う。この映画では「銃」はこれとは違うんだ
っていう明確なビジョンはあるわね。
J/
確かに最近のアメリカの裁判自体が問題ありでね。アメリカのある市の消防署が「火事の原因の多くは、タバコの火が消えないように製造
しているタバコ会社にある」として、タバコ製造会社を訴えたとか、肺癌で死んだ遺族がタバコ製造会社を訴えたとか。やっぱりおかしい
んだね。けれども銃は…
B/
売り方に問題がある!これは『ボーリング・フォー・コロンバイン』を観ればよくわかるのだけれども。この映画の「指紋がつかない銃」
って売り方って一体何って。ここまでひどければ、訴えられて当然というか。ハンバーガーをたくさん食べさせて殺人はできないし、指紋
がつかない包丁なんて売り方も有り得ない。そういう風に考えればね。そこをちゃんと強調していたわね。
J/
この映画ダスティン・ホフマンがインタビューの中で「この映画をきっかけに銃規制へ、たとえ一歩ずつでも前に向かって進んでいければいい
ね」と言っていたのだけれど、そういう意義は多いにある。もちろん『ボーリング・フォー・コロンバイン』や、『エレファント』らそう
した流れの中の映画の一本としてね。
B/
そうなってくると余計映画の中の考えられない「嘘」の部分がますます惜しくなってくるわね。この映画脚本家にクレジットされている人
がやたら多いでしょ。
J/
相当書きなおされて紆余曲折があったのだろうね。後半は余計なことに時間を割きすぎてかえって知りたい部分、例えばダスティン・ホフ
マンの側の性格描写とか、陪審評決がどのようになされたのかとかが、すっこ抜けちゃっている。そのての映画の例にもれず、一本通った
ものもないしね。社会派なのか単なるミステリーなのか…
B/
ジーン・ハックマンの好演をしてもどうにもならなかったってことだわね。テーマが面白いだけに本当に勿体ないわね。
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