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梅原克文の「バディ・ムービー(相棒映画)に学べ」

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☆「バディ・ムービー(相棒映画)に学べ」☆
 バディ・ムービー(相棒映画)とは何か?
 以下のようなストーリー・パターンの作品である。

 「まったくタイプの異なる二人の人物が、共通の目的があるなどの理由によって、一時的にコンビを組む羽目になる。つまり、相棒になるのだ。バディ・ムービー(相棒映画)という呼び名も、ここに由来する。
 そして二人が男同士や女同士ならば友情が生まれて、男と女ならば恋愛感情が生まれる(そうでない場合もあるが)。
 二人の関係が最終的にどうなるかは、その作品の性格によって異なってくる。つまり、ストーリー内容や、物語上の都合や、テーマ設定などが関わってくるからだ。それらがからみ合うため、二人の関係がどんな結末を迎えるかは、ケース・バイ・ケースで無数のパターンが生まれる」

 この説明を読んだ、あなたの脳裡には、たちまち、いくつかのハリウッド映画のタイトルが浮かんだことだろう。
 そうなのだ!
 実は、ハリウッド映画の九〇パーセントは「バディ・ムービー」なのである!
 これは「ハリウッド映画の五七五七七」だと言っても過言ではない。

 このバディ・ムービー(相棒映画)という呼び名を聞いて、「X−FILES」を連想した人も多いはずだ。
 すなわち、モルダー捜査官は「シャーロック・ホームズ」であり、スカリー捜査官は「ドクター・ワトソン」なのだ!
 だって、ワトソンも、スカリーも、職業は医者ではないか!
 実は、「X−FILES」は、偉大な名作「シャーロック・ホームズ」へのオマージュ(敬意)でもあるのだ。
 これは永遠の黄金パターンなのだ。

 もちろん、シリーズ作品では「座頭市」や、「木枯らし紋次郎」のような「孤高のヒーロー」を描く作品も存在する。
 もし、あなたが、そうした主人公の設定が好みならば、「孤高のヒーロー・シリーズ」を考案するのも悪くない。
 しかし、全般的に見ると、やはり「バディ・ムービー」のパターンこそが、もっっとも応用範囲が広く、便利なのである。このことは創作経験がある人間ならば、納得するだろう。

 では、なぜ、「バディ・ムービー」の形式は、こんなにも応用範囲が広く、便利なのか?
 なぜ、ハリウッド映画の九〇パーセントは「バディ・ムービー」になってしまったのか?

 答えは、養老孟司氏の著作「唯脳論」にある。
 人間の脳は十万年前に進化が終わってしまった超お古で、超保守的なハードウエアなのだ。だから、人間の脳が生みだす作品も、人間の脳が喜んで受け入れる作品も、超保守的にならざるを得ないのである。
 つまり、超保守的な形式を守ることで、文化の繁栄は保証されるのだ。これこそ「互換性、コンパチブル」という言葉の真の意味なのだ。

 実は、拙作「二重螺旋の悪魔」も、「ソリトンの悪魔」も典型的なバディ・ムービーである。
 また、私が本名の梅原克哉の名義で発表した、ジュニア向けのサイファイ小説「迷走皇帝」という作品も、典型的なバディ・ムービーである。
(「迷走皇帝」は、エニックス文庫から出た幻のデビュー作で、今は絶版だ。角川書店が、梅原克哉の名義のまま、いずれスニーカー文庫で復刊したい、と言っていた)

 さて、作家予備軍のためのアドバイスである。
 あなたたち予備軍は、すでに新人賞などに応募しているだろう。しかし、入選したことがないために、今なお予備軍にとどまっている人たちだろう。
 もしかすると、それは、あなたがバディ・ムービーという黄金パターンを、ちゃんと使いこなしていないからではないだろうか?
 あなたの作品が、バディ・ムービーの形式を踏んでいるか否かを、今一度チェックするべきだろう。
 また、バディ・ムービーの基本形式と、その応用例について、もっと意図的に、意識的に研究するべきだろう。
 テキストは近所のレンタル・ビデオ店に、いくらでもある。ハリウッド映画ならばジャンルを問わず、何でも観るといい。
 これについて研究ノートを書くのもいいだろう。

 そうすれば、あなたは納得するだろう。
 プロ作家として確実に金を稼いでいくには、バディ・ムービー形式を使いこなすしかない、と。
 何しろ、この形式は、過去に莫大な収益を上げてきた実績があるのだ。
 こんな便利な五七五七七を使わない手はないのだ。

 同時に、あなたは「職人芸とは保守的なものだ」と悟るだろう。
 そして一度それに気づいたら、あなたは以後、SFオタクやSFマニアの言うことなど一切、無視するようになるのである。

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